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魔術師になったなら  作者: 宇佐田
〈5〉
15/16

5-2



たしかにお師匠様のことは考えておりました。でも迎えにきていただきたかったわけではなくて、待っていて欲しいなんて図々しいことでもなくて、ただお家に居て下さればよかったんです。


だって、あの、あれ、あのひと、怖すぎて駆けよる気にもなれないんです。尊敬すべき師匠なのに。



「ひぇ……っ」



びびっております。あれはやばいものだと、本能がわめいています。


腰を抜かしているわたしには目もくれず、お師匠様は向かってきた三人の男を雷の初級魔術でぶちのめし、すらすらと呪文を唱えながら、壁の残骸をまたいで室内に入ってくると、わたし以外の全員に中級魔術の電撃を叩きつけていました。


金髪の男性は余裕がある風に見えたのに、なぜだか避けませんでした。



それにしても、速い。お師匠様、詠唱が速すぎます。超絶速度なのに滑舌もいい。理解できる単語はすべて聞き取れたのに追いつかない速さ。何だあれ。凄い。すごい。すごいなぁ。



「僕のおも――弟子を連れ去った獣頭どもは君たちで間違いないね」



おもちゃって。絶対おもちゃって言いかけました。



「戦闘は嫌いじゃないよ。壊れ難い的がいっぱいあって爽快だからね。でも、……喧嘩を売られるのは反吐が出るほどむかつくんだ」



お師匠様は眉間に皺ひとつよせず、完璧な笑顔で、でも声だけが言ってる内容にらしさを付加しておりました。お師匠様の声が下がれば下がるほど、魔力が高まっていくのがわかります。


やばいです。まずいです。これは緊急事態です。お師匠様が爆発する前に何とかして止めなくちゃ。


そう思って口をついて出たのが。



「お――お師匠様!! 反吐ならわたしが吐いておきました!!」



はい死んだー。



「え、ほんと?」



ぱったーん、と。


お師匠様の魔力の蓋が閉じられました。



え、あ、……はあ。……はあ?



直前まで立ち込めていた暗雲が、ゴロゴロぴかっとしていた真っ黒な雲が、一瞬できれいさっぱり消え去ったような感じです。一転俄かにかき曇り、の逆です。突如として現れた爽やかな晴天。


あまりの変わり身の早さに半信半疑。


自分の魔力感覚さえ疑わしく感じられます。こんなのアリなんですか。


こんな完璧な魔力制御とかあり得るんですかぁああああ!?



あまりに次元の違う腕前を見せつけられて眩暈がします。くらくらします。



「ほ……本当です。せっかく食べた朝ごはんが全部出ました」


「もったいない」


「ですよね。我慢したかったんですが、むかついたもので。胸が。ええ」



お師匠様、ちゃんと機嫌なおったんでしょうか。


内心ひやひやしてたのに、ひとの心配を煽るような大きな笑い声が上がりました。……わあ。金髪さん、黙ってください。



「ひでえ。こんだけブチ壊しといて反吐で治まるってのはねえだろ」


「あんたもちっとは緊張感もって対応しろよ。ひでえのはどっちもだっつうの」



黒髪のお小言男が、例によってお小言を唸っています。



「そういや、フィノ。どうして黙って受けたのさ」



お師匠様が月みたいに笑んで質すと、フィノと呼ばれた金髪の男性は笑いを引っ込めました。



「受けなきゃ、お前、治まんなかったろ。これ以上、部下たちを傷めつけられちゃ困る」


「躾だよ」


「……そりゃあ、俺がするから」


「そうかい。のうのうと、いいご身分だね」


「わかった、わかった。すみませんでした。お前の弟子に手を出した馬鹿はブレノがガッチリ叱っといた。俺らが悪かったって反省してる。許してくれ、エイン」


「いい加減にして欲しいよ。馬鹿に任せるなら、事前によく言い含めておくべきじゃないか。その手間を惜しんだのなら、わざとってことになる。ねえ。君たちは僕を莫迦にしてるのかな。それならそれで、弟子なんかを出汁に使わず、正面切って莫迦にしたらいいのに」



できるものならね、という一言が聞こえそうです。お師匠様。やっぱりまだご機嫌斜めなんですね。


平静な口調なのがまた、喉の渇きをおぼえる感じで。


どきどきしながら、まばたきもできずに見守っていたら、不意に金髪のフィノさんが片膝を突きました。お師匠様の前に跪いた格好です。


黒髪の男以下、つい今しがた駆けつけてきたギルド員一同、その姿勢を見て目を剥いています。



「グラムエイン――お前の弟子を傷つけたことを詫びよう」



そう言って、フィノさんは腰の剣を抜くと、刃の方を持ってお師匠様に手渡しました。つくりの綺麗なお師匠様の手で剣が受け取られます。フィノさんは目を伏せ、頭を垂れ、あきらかな恭順の態度を見せました。


お師匠様は剣を吟味していたかと思うと、いきなりぴっとその刃を彼の顔へ向けて突き出しました。


ううっとくぐもったような声が、周りのひとたちの口からもれました。が、誰一人動こうとはしませんでした。わたしもすっかり気を呑まれ、また、お師匠様のやることだからとの思いで動きませんでした。


我ながら、キモイくらいのお師匠様びいきです。



お師匠様の翳した剣は、フィノさんの頬を浅く切り裂くにとどまりました。


ほうっと男性陣の口から安堵の溜め息がもれます。甘くないですかね。


案の定、お師匠様の手は止まりません。皆さん再度凍りつきます。


お師匠さんは実にきわどい力加減で刃先を滑らせ、フィノさんの喉元まで下ろしていきました。彼の肌に白い痕がくっきりと残る、しかし血は出ず、傷とも言い難い、そんな線を描き出して。



「うん。許してあげる。僕はね」



そう告げて、お師匠様は剣を彼から離し、ガンッと床に突き刺しました。



「でも君たちはどうせ、彼女には謝れないだろ」


「それは……な」



フィノさんが苦笑いを浮かべます。ちらりとわたしを見た視線はとても硬質でした。



「茶番はおしまい」



お師匠様が高い位置で手を叩くと、周りの男性たちは一斉に緊張を解いてガタガタと動き出しました。やっとのこと呪縛から逃れて、今度こそ安心だと気をゆるめた様は、ほんのちょっぴり気の毒でした。


そんだけビビらせたの、うちのお師匠様ですからね。


フィノさんもおもむろに立ち上がって、頭をぶるっと振るいます。濡れた動物が水気を飛ばそうとするみたいに。硬そうな金髪がぼさぼさになっていました。



「ううっ……、肝が冷えた」


「そう。よかったね。少しは彼女の身になれたんじゃない」



フィノさんは応えず、戸棚からお酒の壜らしきものを取り出して、杯三つ、並べて注いでいます。ひょうひょうとした態度ですね。


周りでは、そんなフィノさんやお師匠様には構わず、さっさと後片付けが始められています。あんなことがあったのに、豪胆なひとたちですよ。立ち直りや切り替えが早い。ほんとうに、うらやましいほど。


ばたばたして落ち着かないので、わたしも何とか立ち上がると、よたよたとお師匠様の斜め後ろへ歩みよって行きました。



「お前もどうだ」



フィノさんからお酒をすすめられました。うぇ。飲めるわけない。



「ご遠慮させてください」


「どうした。こいつはそんなに強くねえよ」


「いえ、お腹が痛いので」


「ん? 食あたりか?」



返す言葉を失いました。


腹ぶん殴られて気絶して吐いたのがもう無かったことになってます。


お師匠様の電撃喰らって記憶が飛んだんだったら、許してあげなくもないのですが。たぶん違うんでしょうね。自分たちがそのくらい何ともないから、まだお腹が痛くて酒なんて以ての外な体調だろうって、思いつきもしないんでしょう。



「君の大事な部下が僕の弟子の腹を殴ったからだろ」



お師匠様、ツッコミありがとうございます。


持つべきものは鋭い師匠ですね。





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