4-3
独り立ちに待ったがかかった以上、引き続き、この街で仕事をして腕を上げなきゃいけません。
……ギルド、行きたくない……。
だって絶対きっと遭うじゃないですか。あの男に。わたしを襲ったせいで腕一本失くした男に遭遇する。考えるだに恐ろしい状況です。
あ。でももしかしたら、ギルド出禁かも。そんな制裁を加えられるほどの罪を犯した人間なんて使わない――いや、どうでしょう。それは甘い、希望的観測では。
この世界の基本は野蛮な獣性で出来ています。実力主義です。相応の罰を下したら、あとは構わない気がします。腕一本とられる罪を犯しても、実力でのし上がってくるならよしとされそうです。
……どっちだろう。
参りました。わたし、そんな知識もないんです。
どうしよう。
そういえば、この間、一緒に仕事をしてみないかと声をかけられたことがありましたね。ということは、少なくともわたしをギルドに誘ってもおかしくはない状況、なんでしょうか。
ああ、でも、こっちのひとの通常と、わたしの考える通常は違う。
角突きあわす状況でも、いきなり命を奪りあうくらいの間柄でなければ、平気で問題なしとされそうな。あ、じゃあ、命を奪われる心配はないってことですかね。殴られるかもしれないけども。殴られたら、ただでは済まないと思いますけど。
……とりあえず、街に出てみましょう。
街角で薄らぼんやり暇そうにしてたら、誰かから声を掛けられたり、話を聞けそうな人と出会ったりするかもしれません。
カフェに行ってみました。いつぞやラズノさんとルナノと来たことのある、ケーキの美味しい評判のお店です。
オープンカフェなので、誰かに会うという目的に適っていると思い、通りの端に並べられた場所に陣取りました。
相変わらず、ケーキもお茶も美味しい。ひさしぶりだったので、ほっとしました。味が変わってしまっていたら、悲しくなったでしょう。
ケーキを食べ終わって、ポットから二杯目のお茶をついで、ぼーっとしていたら、傍らにひとが立つ気配がしました。
店員さんかな、と思って視線を上げると、皮鎧着用のごつい体躯が目に入って、うっかり全力で身構えてしまいました。
「ああ、すまんすまん、驚かせて」
穏やかな口調で謝られて、幾分かの緊張は解けました。少なくともあの男ではない。背が高い連中は見分けがつけにくくて。顔が遠いし、逆光気味だし。
「こちら、掛けても構わんかね」
目を細めて相手を見やっていたら、そう聞かれました。なんか覚えがあります。このめずらしい配慮ある態度には。
「ラズノ……さん?」
青味がかった銀髪ではっきり思い出しました。彼が肯くのを見て、慌てて「どうぞ」と着席をすすめます。
なにしろ彼は通り名をもつ実力者です。失礼があってはなりません。
「お久しぶりです」
「ああ。久しぶりだ。……久しぶりとなってしまったことを、申し訳なく思っている」
「は……」
意味がわからず、反応に窮していると、ラズノさんは眉を下げて微笑んだ。
「ガルフラウという男のこと……話を聞いた」
「ああ……」
「憶えているかな。私が口出しをした晩のこと」
口出し。いつもからんできてた連中を追い払ってくれた時のあれかな。
「あの時、私はよく考えもせずに、君が我々に怯えていることをバラしてしまった」
そういう言い方をすれば、まぁ、そういう側面もありましたね。
「君が必死でとりつくろっていたことを、だ」
「お構いなく。もともと不自然な態度でしたから、いずれはバレちゃってましたよ」
「そうかもしれないが……」
彼はぎゅっと唇を引き締めました。
少し黙っていると、店員さんがやってきて、彼の分のお茶とケーキを置いていきました。相変わらず甘党のようです。
まずはどうぞどうぞと手振りで勧めたら、ケーキを半分ほどバクリと食べて、ポットからお茶をそそいで、ごくりと一口だけ飲んでました。
それから何事もなかったように話を続けます。おもろいな、この人。
「あれのせいで、君は苦労しただろう」
「いいえ、べつに」
「……君はやさしいのか、無関心なのか、どっちなんだね」
オジサン、オジサン。しっかりしてください。すっかり忘れちゃったけど、なんだか大層なあだ名をお持ちの偉いさんなんでしょ。
「いきなり現れたよそ者が口出しをして、彼らを依怙地にさせてしまった」
「だとしても、それを改善できなかったことを他人様のせいにするつもりはありませんよ」
「……大人だな」
「物分かりはいい方かも知れませんね。そんなことより、ちょっとお尋ねしたいことがありまして」
この話の流れなら聞きやすい。
「ガルフラウは今も正規ギルド員ですか」
「ああ」
ラズノさんは背筋を伸ばして、わたしの目をまっすぐ見据えて答えてくれました。すごく見下ろされてるので、彼の人となりを知らなかったら冷やかな表情に見えたかも、ってくらい真剣な顔つきで。
落胆のしようもありません。
「そうですか」
「君への手出しは許さない」
そうはいっても、個別の対応はね。誰かがひっついてて守ってくれるわけでなし、自分でしなければいけませんからね。
やっぱりギルドは鬼門のようです。
そろそろ本腰入れて他の生計手段を考えるべき時なんでしょうか。
「軍にでも入ろうかなぁ……」
そう呟いたら、ラズノさんが思いがけずきつい視線を向けてきました。
「あ、すみません。戯言です。軍に入ったら、お師匠様と離れ離れになりますし、当分考えていませんよ」
「当分……?」
「食い詰めたら、すみませんが、最終手段には考えていました」
異世界人の魔力は強いから、ギルドに居ることを期待されてはいるんです。
いざとなったら、魔力って受け渡しもできるので。
わたしに価値がなくても、わたしの魔力には価値があります。
「そうは言っても、軍なんか若いうちじゃないと無理ですよね。もうそろそろ限界きてる気がします。他に何か目ぼしいお仕事を見つけないと駄目かなー」
「魔術師をやめてしまうつもりか」
「んんー……しょぼい魔術師でもやれるお仕事がないかなぁってとこですね。世間知が低いので、何かお知恵をご教授いただけたら幸いです」
「たしかに世間知に長けてはいないようだ」
ラズノさんは平たい声でそう言った。嘲るにしても起伏のない。抑制が利きすぎた感のある声。
「軍はしょぼい魔術師なんぞ雇わない」
「はあ。……威力はありますからね。どっかんどっかんブッ放してもいいんなら、わたしのような魔術師でも使い出はあるんでしょう」
嫌味のように聞こえて、イラッとしたので、ぞんざいな返事をした。
すると、ラズノさんが、ふっと目をすがめた。
「誘われたのか?」
ラズノさんの声の温度が一気にどんと低下しました。
口調は相変わらず穏やかなまま、与える印象だけ変えるなんて、案外と器用な御仁だ。
などとふざけた感想はともかく、ひんやりした空気はとっても剣呑です。
「……ええ、一度ばかり。お断りしましたけど」
「どんな男に」
「え……憶えてません。何年も前のことなんで」
「何年も?」
「は、はい」
頷いただけでは何か足りないらしく、強い視線でドスッと刺されました。け、剣呑……。
「あのぅ……、ま、街の外で、ですね。魔術の練習してたところを、たまたま、たまたまご覧になられたそうで……」
ラズノさんがいきなりガッと手を動かして。びくっとしました。ケーキをつかんだと思ったら、ひとくちで食べて(残り半分を)口をもぐもぐとさせています。
な……何なんですか、ラズノさん。態度が荒々しいですよ。
お茶も一息でぐっと飲み干してしまって味わう様子がありません。腹いせみたいに見えました。
なんか怒らせるようなことを言いましたっけ?
きっとあれですね。ラズノさんは軍の誰かと何か確執があるのでしょう。
それであれですね。こっちは補助金とか出して師匠つけて面倒見てんのに横から引き抜きとかあり得ねえだろ的な。うん。そんな苛立たしさをお感じなんでしょう。
あー、しまったなぁ。ラズノさんは自分から謝ってくれたりして、穏やかそうに見えたもんだから、ついうっかり本音をもらしてしまいました。
そうですよね。ギルド以外で働きたいって、そこの偉いさんに言うことじゃないですよね。
……あれ。そう考えると、これって、お師匠様にも言ったら駄目?
で、でも、お師匠様に隠し事は無理です。あぁ、そんなに興味はもたれないかな。だから、相談できる感じがしなかったから、最初っから他の誰かに聞く気だったんですよね。
……まぁ、いいや。
どうせわたしの立場なんて、もともとあって無きが如しです。深く考えるのはやめましょう。
聞きたいと思っていたことは聞けました。
ガルフラウはギルド員のまま。腕一本でケリはついた、と。
やっぱり獣の掟で成り立っている世界は度し難いです。腕とかどうでもいいから、ちゃんと言い聞かせて大人しくさせて欲しかったです。
それがこっちじゃ自分でやれよって話になるんですよね。はぁ……。