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お師匠様の前言通り、しばらくしたら警吏とギルド員のひとたちがやってきました。
ギルド内の揉め事だと、お師匠様が言い、ギルドのひとたちが同意すると、警吏のひとたちは帰っていきました。
基本、警吏のお裁きより、ギルドの制裁の方がキツイらしいです。内々でやるから、公的なそれより、陰湿になりがちなんだそうです。よ。
甘いところは甘くもなるようですが。そうは言っても。荒事を得意とするひとたちの集団なので。
あれ。警吏もそうですかね。……あっちは、いざという時、法に基いて、だから、なんかちょっと違う気がします。物騒度が。
その物騒なギルドのひとたちがガルフラウの状態には渋い顔をしていました。が、どこ吹く風のお師匠様の態度に、その場はひとまず諦めることにしたようです。いつの間にか気絶していたガルフラウを、ギルド員が担いで運び出しました。
当然ながら、わたしとお師匠様も同行を求められました。
ギルドへ到着すると、お師匠様とは別々に、見たことのない部屋へ連れていかれました。二階の一室です。普段は一階の受付兼待合所しか出入りしません。
恐らく上級ギルド員らしきひとが一人。他にも腕の立ちそうな人たちが三人も立ち会っていて、気もちが悪かったです。昨日、似たような体格のガルフラウに襲われたばかりでしたので。
それでも何とか己を律して、求められた説明ができたのは、魔術師としてのプライドがあったからです。たとえ実力を認められていなくても、わたしはあの師匠の弟子なんですから。
できるだけ感情的にならないよう、事実だけを話しました。昨日から今日にかけての、ガルフラウにされた事と、した事。
「火矢で吹き飛ばした、だって? 待て、違う術じゃないのか?」
「お前サン、中級まで使えるって聞いたぜ?」
疑われました。そうでしょうとも。
「火矢ですよ。お疑いになるなら、実験でも何でもお受けします」
わたしにあの男を吹き飛ばす力があるとは思えない。はいはい。あの男も同じ考えでしたよ。だから不意打ちにやられたんでしょう。説明したのにわかりませんか。納得できませんか。そうですか。
相変わらずの酷い認識に溜め息がもれました。
「ていうか、そのくらいじゃなきゃ、一人で採集仕事とかできないと思うんですが……。中級なんてノロノロ唱えてたら、死にますよ」
魔術師が大砲を打てるのは、仲間の援助があってこそです。わたしにはそれがなかったから、初級を限界まで強くしたんです。中級まで使えることは知ってるのに、ほぼ単独で仕事をしてたことは知らないんでしょうか。
「ああ? それってお前サン――」
「ログ。いいから。――続きを」
先を促されたので、水をぶっかけて逃げたこと、今朝になってうちにやってきて騒がれたこと、お師匠様に問われたので事情を打ち明けた(脅されたことは伏せた)こと、お師匠様が返り討ちにしたこと、を話しました。
正当防衛を主張したかったですけど、そういう概念はこちらには特にないんですよね。返り討ちしたことに文句はつけられない、といって、正当化されるというのでもない。単なる実力勝負。
実力勝負といえば、魔術師が勝つのはめずらしいことですね。
お師匠様が咎め立てられてるようなのは、取った手段が悪かったからだと思います。ご自分で「不穏当」だとおっしゃってましたし。
あれ、やばい術なのかなぁ。最終的にガルフラウが気絶したのもあれのせいですよね。
「……あの、ひとつ伺ってもよろしいでしょうか?」
上級ギルド員らしきひとに問い掛けました。
白い髪に浅黒い肌の彼は、なかなかに整った顔立ちで、ちょっと見には他三人を圧倒するような人物には見えませんでした。
しかし何だか気配が違う。魔術の腕を鍛えてから、そういうのがよく判るようになっていました。
「何だ?」
「お師匠様は、罰を受けるんでしょうか」
「どうかな。お前の話の真偽を確かめてからになる」
やっぱりそうきますか。精神魔術をかけられるのは嫌ですね。お師匠様のために仕方ないとはいえ。
「わたしの話が事実とわかれば、大丈夫ですか?」
「大丈夫というのは、何事もなく済むかという意味か?」
「……はい」
「ならば、否だな。街中で制限なく〈闇影の縛鎖〉を使った以上、何らかの咎めは受けてもらう。朝っぱらから、はた迷惑な騒動を起こしてくれたものだ」
でもそれはお師匠様のせいじゃないと思います。あんな強い獣性もちが騒いでたら、それなりの術を使うのも仕方ないじゃないですか。
反論したかったけど、できない。そういう性格は相変わらずです。
ああ、ごめんなさい、お師匠様。わたしがもっと早く、誰にも何も言わずに街を出ていれば。せめてルナノたちくらいには挨拶しておきたいなんて思ったばっかりに。
異世界人の行動が余計な人目をひくことくらい、考えつくべきでした。
「期限付きの謹慎程度で済む」
そう言われて、はっと顔を上げました。白い髪の男性はうなずきます。
「請け合おう」
わたしは咄嗟に右手で左の二の腕をつかんで、深く頭を下げました。下げ過ぎでおかしいと、こちらのひとにはよく言われてましたが、生まれ育った土地での習慣はなかなか抜けません。
それに……口を開けばうっかりと泣いてしまいそうで。
感謝の意を表するのに、ただ頭を下げることしかできませんでした。
お師匠様が自宅謹慎になったので、ひと月は出立延期となりました。
食べ物くらいは運ばせると言われたものの、わたしの事情に巻き込んでしまったのに知らん顔はできません。
居残ってお世話をさせて頂きました。
半月過ぎた頃、街中でギルド員に声を掛けられました。
中級魔術まで使えるなら、今度組んで仕事をしよう、というお誘いでしたが、謹んでお断りしました。
あと半月ほどで街を離れるつもりですから、今さらです。お師匠様にご不便がないよう、長時間出かけるつもりもありません。
後者だけを薄ぼんやりと伝えて、さっさと家に帰りました。同じ轍を踏むつもりはありません。いつ街を離れるかは、もう誰にも言わないことにしていました。
「リオは、料理うまくなったなぁ。たった半月で、ここまで上達するとは思わなかった」
お師匠様が外出できないので、家でごはんを作るようになりました。雑な家庭料理レベルで、決して誉められるほどでもないのに、不思議と喜ばれました。
うれしかったので、市場で買い物する際には、おすすめの料理方法をお店のひとに聞いたり、なるべく新鮮でお安いものをさがしたり、いろいろと頑張りました。
頑張りすぎて、外に長居し過ぎてしまったようです。
雑踏のなかで、二度と遭いたくない顔を見つけてしまいました。すぐに向こうもこちらに気づいたようです。
――ガルフラウ。
彼に出遭ってしまいました。