表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔術師になったなら  作者: 宇佐田
〈1〉
1/16

1-1




ある日突然、異世界へ来ました。召喚されたそうです。


ショックで泣き喚きましたが、異世界人のわたしはこちらの世界だと強大な魔力が授かると知って、持ち直しました。



魔術師……! 魔術師になれるんだ……!



異世界ってファンタジー。幼い頃の憧れ。魔女っ子ものやら魔法学校物語やら。夢ですよ。


と思ったけど。


家族とすら二度と逢えないなんて死んだようなものです。途轍もない悪夢です。獣人が、魔物が、闊歩する世界だと聞いて、気が遠くなりました。



あなたも魔術師になれますよ。



それだけが唯一の救いでした。それからずっと魔術一筋です。






また今日もからまれました。


むさいオッサンばかりのこの世界で、異世界人は何だかモテるそうですよ。けっ。強い魔力だの獣性皆無の血だの、そんな利点だけが目当ての連中なんぞお断りです。


イラッときて、日本人としてはありえないくらい、ツンケンした態度で接しているのですが、わかってくれません。或いは、めげません。めげてもすぐ復活して諦めません。



正直、うざいです。



魔術師のお師匠様のお宅に下宿していて、三食すべて外食のため、ちょいちょい仕事以外で顔をあわせる破目になるのがいけない気がします。


とはいえ、お師匠様はこだわりの強い方。ギルド員御用達のこの店がお気に入りなので、よそに行きたいとは言い出し難いです。


実際ここのお料理は安くて美味しいですし。お店の方はみんな朗らかでいい方ばかりです。



でも……今日もからまれました。



お師匠様とふたりで食事を頂いてると、勝手に相席してくるんです。ひとり二人じゃなく、三人も四人も。


毎度テーブルの上がいっぱいになって、お皿の置き所がなくなります。事情を察したお店の方にはいつも大きなテーブルに案内されるようになりました。


そうじゃなくて、勝手に他の客の席に行かないように注意してほしい……なんて、図々しいお願いでしょうね。知り合いなのには間違いないし、自分のかわりに文句を言ってくれなんてズルイ発想です。



たとえ好物の料理をとられても。



何なの。何でなの。どうしてわたしが注文した料理を勝手に食べちゃうの。


お野菜を白身のお魚で巻いて、きれいな焼き目をつけてから蒸して、しょう油に似た味の香ばしいソースをかけた一品。


ちまちましてて人気もそこそこの割りに手間が掛かるから、あんまりメニューに載らないのに。今日はひさしぶりに食べられるはずだったのに。



大体いつもいつもいつも食事中だってのに、勝手に背中を撫でてきたり、頭を撫でてきたり、食べたいのはお前だとかほざいたり、キメーんだよテメーら○ね!○んでしまえ!……頭のなかでまで伏字にしてしまう気の弱い自分がイヤです。こんなだから、いくらクールぶっても効果もなく、毎日毎食たかられまくるんだ。



「……リオ?」



お師匠様の声がどこか遠く聞こえました。



「うっ……」



やんなる。もう大人なのにやんなるよ。ごはん奪られたくらいで泣けてくるなんて。奪られたことも、泣いてることも、どっちも情けなくてたまらない。



「ううー……!」



嗚咽になってしまったので猛然と立ち上がって店の外を目指しました。


絶対、店中のひとに見られてます。


ただでさえ、異世界人はパンダです。何もない時もモノ珍しそうに見られています。あれがそうか?なんて指さし確認して噂してる連中も見かけたくらいです。



異世界人はひ弱だとよく言われます。子どもみたいな扱いをされます。獣性を持ち、大きな身体と強い力、とんでもない身体能力を有している彼らからしたら、赤ん坊並みなんだと思います。


しかもこちらは魔物も存在する厳しい闘いの世界。


もやしっ子の日本人なんてお荷物もいいところでしょう。最強度の魔力と獣性皆無の血筋。それだけが美点なのはよく判っています。



獣性は婚姻で濃くなり、しまいにはヒトから魔力と精神力を奪います。だから、獣性皆無の血が求められているのです。


その中で、魔術に没頭して、周りの男に見向きもしない異世界人女を放っておくわけにはいかないのも判ります。



でも、でも、でも……!



わたしはこっちの人と結婚するのは嫌です。怖いです。


何なんですか、みんな見上げるほど大きくて、巨人ですか。目線がお腹とかですよ。わたしべつに小さくないのに。160センチはあるのに。


子どもなんてもっと欲しくないです。あんなでっかい人たちの子ども、まともに産めるわけないじゃないですか。お産が怖いですよ。


万が一無事に産めたとしても、幼くて力の加減も利かない頃でも、わたしよりずっと強いんじゃないですか。そんな子、どうやって育てたらいいんですか。



こちらの世界の何もかもが怖いんです。



わたしに残された逃げ道は魔術師になることだけ。最強の魔力を利用できる魔術師にさえなれれば、きっとわたしを囲むこの恐ろしい状況から逃げられる。


そう思って、願って、がんばっているけど、時々くじけそうになります。



「――おっと!」



不意に、ぐいっとお腹がひっぱられました。足が浮いてます。ふわっとターンされ、お腹に全体重がかかって、ぐえっとなりました。



「ひとりで飛び出しちゃあぶな――、お、あ、泣いて……」


「下ろして」



自分が捕まえられたのだと理解した瞬間、視界が真っ赤になるくらい腹が立ちました。八当たりのようなものだと自覚しつつも、その男を睨みつけずにはいられません。



「下ろして。手を離して。勝手にひとの身体に触らないで」



このクソが!って口調で、押し殺した声で言ったら、男は慌てたようにわたしの言に従いました。


……そうか。ちゃんと言えばよかったんだ。


すまんとか悪かったとか謝られたけど、許す気もちの余裕がなかったので、そのまま店を出ました。


お師匠様に怒られる、まではいいとしても、破門にされたら困るので、すぐそばの道端で待っていました。視認をごまかす魔術をつかって、じろじろ視られないようにしながら。



「リオ。帰るよ」



さすがにお師匠様には通じませんでした。簡単に見つけられたようです。


何でだろ。今度聞いてみよう。術自体が失敗してるなら、そこを指摘されたはずだから、きっと何かコツがあるに違いない。


立ち上がると、包みを渡されました。荷物もちはわたしの役目です。



「はい。……お行儀悪くしてすみませんでした」


「不可視系の術を使って待つ、という機転に免じて許すよ。でも今度また僕を残して逃げたりしたら、お仕置きするからね」


「……破門じゃなくてですか?」


「破門したら、つまんないじゃない。弟子は面白いよ。どんな子でも」



お師匠様はドSだと思います。


ギルドで、なんか偉いひとが「こいつを弟子にしてくれるか」って言ったら、「異世界人? やった! 愉しめそう!」ってはしゃいでました。


たぶん、弟子をオモチャみたいに思っておられるのでしょう。


別にいいです。時々ヘンな新薬を飲まされたりしますけど、別にいいです。おかしな魔術の実験台にされたりしますけど、別にいいんです。


常識の代わりに才能があふれていらっしゃるので。


出し惜しみが無いんですよ。一切。聞けば何でも教えてくれます。わたしに理解できるかどうかはともかくとして。


なので、お師匠様は師匠として最高です。そう思うことにしています。



お家に帰って、包みをどうするか聞いたら、食べといてと言われました。開けたら、あのお店のお料理でした。うざい連中に食べられてしまった一品でこそありませんでしたが。


……お師匠様は師匠として最高だと思います。


感涙にむせびながら頂きました。ちょっと苦しかったです。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ