だって暑いし、風を受けたら心地良いだろうから。 ③
「よく考えてみたら、まず森からいきなり砂漠になっていること自体有り得ない」
「まあ、それは確かにそうだけどさ。でも砂漠だろ、どう見たって」
ディオンは後ろを振り返った。
少し前まで自分達が歩いていた、深い緑色の山がすぐ後ろにあった。
「この地図と僕等、両方が正しかった場合、僕等の目の前には湖があるはずなんだ」
「でもないってことはやっぱ間違えてんのか」
「僕等か地図か、それか両方ともか、ね」
そこでまた強い風が吹き、二人はまた目を瞑った。
ディオンが風の中で声を挙げたが、ルースは風が緩くなるまで口を開くことをしなかった。
そして少しして風が優しくなり、普通に話せる状況になってから、ルースはようやく口を開いた。
「どうかしたのかい、ディオン」
「砂が目に入ったんだよ。うわ、しかも痛い。何だよこの砂」
「どれ、見せてごらん」
ルースがそう言うと、ディオンは左目、と呟くように言った。
ルースはそれに従い左目を覗きこむようにして見た。
「うん、赤くなってるけど擦ったりしたのかい?」
「まだ擦ってないっての」
ルースは荷物から小型のタンクを取り出し、その中の水を半分程ディオンの顔にかけた。
「うわ、何だよいきなり」
「決まってるじゃないか。洗浄だよ」
「だからっていきなり水かけるなよ……」
ディオンは手を自分の顔まで運び、途中で止めた。
ほぼ無意識に目を擦ろうとしていたらしく、それに気付いて手を止めた、といった感じである。
「にしても何で砂が入っただけでこんな痛くなんだよ」
「さあ。粒子が粗いのかもしれないね」
ルースはそう言うと自分の足元を見つめ、砂を手で掬った。
「この地域の砂は随分白いんだね」
「あ、確かに。山道はこんな白くなかったよな」
「しかも砂漠の砂にしては随分と塊が多い」
と、そこでまた風が巻き起こり、二人の視界を覆う。
ディオンはすぐに目を瞑ったので今度は砂の被害を受けることはなかった。
ルースもすぐに目を瞑ったため、砂が目に入ることはなかった。
しかしルースは風が巻き起こる直前に溜息をついたため、その後息を吸い込んだ際舞い上がった砂も吸い込んでしまった。
いきなり口の中にジャリ、と音を立てる粉末が入ってきてしまい、その場で思い切り咳き込む。
今度の風は比較的早く落ち着いたため、二人ともすぐに目を開けることができた。
「う、わぁ、何だこれっ、うえぇ」
「えっ? え、え、どうしたんだよ、ルース」
「……水、取って、くれない、かいっ」
「え、ああ、うん」
ディオンはタンクの中の水をカップに注ぎ、それをルースに手渡した。
ルースはそれを受け取ると口の中に含み、吐き捨てる、と言った行為を数回繰り返した。
「ふぅ……。本当になんなんだろうね、この砂は」
「え、何か変な味でもしたのかよ」
「……かなり、しょっぱい。しょっぱいなんてものじゃない、塩辛いの限度を超えている」
それを聞いてディオンは少し興味を持ったが、砂を舐めたくないのと、先程のルースの反応を思い出し、自分の足元の砂から目を逸らした。
怖いもの見たさにも限度があり、ディオンはそこまで怖いものに興味を持つ性格ではなかった。
「何で砂漠の砂がそんなにしょっぱいんだか」
「さあね。ところで今君が持っている地図を僕に渡してくれないかい」
「ああ、うん」
ルースはディオンから地図を受け取ると、真剣にそれを睨み始めた。
ディオンは暑さのためか溜め息をついてその場に座り込んだ。
「しっかし暑いよな。やっぱ乾燥してんのかな、あんま汗かかないし。暑いっていうか陽が強いのか」
「うん、乾燥、陽、ねぇ……」
ディオンの言葉を所々拾い、ルースはそれを口の中で繰り返す。
「乾燥、陽、砂、塩辛い……」
「ん? もしもーしルース? 何か考えが別の方向に突っ走ってるけど?」
「え、ああ、うん。そうだね、そうだったみたいだ。真面目に道を探さなくちゃね」
そう言った直後、ルースはあ、と声を挙げた。
「どうした?」
「もしかして、だけれど。僕等と地図、両方間違っていない可能性がある」
「え、それ本当かよ」
ルースは頷くと、地図を折り畳み、自分の足元を指差した。
ディオンは何がなんだか分からず首を傾げたが、ルースは呆れる様子を見せずに砂、と呟いた。
「いいかい、僕等の持っている地図は六年前に刷られたものだ。何かしら土地に変化があったって仕方ない」
「で、まさか湖が無くなった、という気じゃないだろうな」
「いや、無くなった可能性もある。それかかなり小さくなったか、だね。まあ、蒸発したってことだね」
分からない点が残るのか、まだ首を傾げるディオンにも、ルースは呆れる様子を見せない。
ルース自身もそこまで自身が持てず、外れている可能性の方が高いからである。
「いいかい、ここはかなり乾燥している。そして砂は塩辛い。恐らく、湖の水には少量の塩分が含まれていて、蒸発することにより塩になったんだ」
「……あ、もしかして砂が白かったのって、砂じゃなくて塩だったから、とか」
「あくまでも僕の考えだけどね。自信はないよ。目に入っただけで赤くなったのも塩分の所為かもしれない」
「まあとりあえずルースの考えを正しいものとして考えた場合、俺等の目の前には既に涸れた湖があることになるんだな」
「だから地図に従った場合、このまま南に進めば街があるはずなんだ」
ルースは珍しく柔らかい笑みを浮かべた。ディオンもつられるようにして笑顔を作る。
つられたのもあったが、希望が見えてきたことも嬉しかったのだ。
「外してたらどうしようか」
「まあその時はその時だろ」
今度こそ呆れた表情を作ったルースを見て、ディオンは口角を上げた。
「旅には運も必要だからな」
「まあそれは同感だけどね」
そうして再び歩き始めた二人の少し遠い所で、塩分濃度の高すぎる水が日光を反射して輝いていた。
湖は確かにあり、それはどんどん乾いていったのだ。
それは二人の、特にルースの推測は正しかったことを示した。