第7話:最強の処刑人が襲ってきたけど、私のチート能力とミコトのサポートがあれば、お掃除ロボットと変わりません!
グラムを安全な地下の廃棄区画へ逃がすと、凛とミコトは重い足取りで地上へ戻った。 空を見上げると、いつの間にかどんよりとした灰色の雲が、人工の空を覆い隠していた。そして、ポツリ、ポツリと、冷たい雨粒が降り始める。ミコトは、胸の奥でチリチリと鳴り続ける「ノイズ(迷い)」が、この雨でさらに強くなっていくのを感じていた。
「……ミコト。やっぱり私、この世界の人たちを放っておけない」
雨に打たれながら、凛はポツリとこぼした。
「グラム君みたいに、紋章が壊れて『感情』を持った子たちが、不良品扱いされて消されるなんて間違ってる。ミコトが言っていた『統治AIから権限を奪還する』っていうの……私も、本気でやりたい」
ミコトは俯いたまま、すぐには答えなかった。 彼女のAIとしての根源的な命令は「この誤った世界線を消去し、正しい歴史に修正すること」。つまり、グラムのような存在ごと、この世界を『無かったこと』にするのが本来の使命だった。 しかし、ソードに差し伸べようとする凛の温かい気持ちと、グラムの涙を見た今のミコトには、その使命がひどく残酷なものに思えてならなかった。
(私は、どうすれば……)
ミコトが迷いを口にしようとした、その瞬間。
『――ターゲットを捕捉!』
不意に、上空から凛とした、しかしどこか見下すような少女の声が降ってきた。 直後。
ズガァァァンッ!!
凛たちの目の前の石畳が、凄まじい爆音と共に吹き飛んだ。
「きゃあっ!?」
舞い上がった土煙が晴れた先、崩れかけた瓦礫のアーチの上に、二つの影が立っていた。
「あーあ、外しちゃった。ツクヨミ、あんたの計算ズレてんじゃないの? 私の弾道予測にちゃんと合わせてよね」
一人は、猫耳のようなキャップを被り、白色を基調としたサイバーなジャケットを着崩した少女だった。右手には無骨なハンドガンが握られており、彼女の強気で好戦的な瞳が、凛たちを獲物のように見下ろしている。 その手の甲には、ソードの証である紋章が赤く発光していた。
「心外じゃ、イブ。妾の完璧な演算に、お主の粗暴な射撃精度が追いついていないだけよ。……まあ、警告の挨拶としては十分かの?」
もう一人――ハンドガンを持つ少女「イブ」の隣に立つレプリカントの姿を見た瞬間、ミコトは息を呑んで硬直した。
星図が描かれた扇子を優雅に口元に当て、紫を基調としたサイバー和装を纏う少女。 背中には白銀のツインテールが揺れている。まるでミコトを鏡に映し、少しだけ大人びた意地悪な味付けをしたような、瓜二つの顔立ちをしている。
「あなた達は……特務処刑ユニット……! それに、まさか……ッ!」
「はっ。――久しいの、ミコト」
和装の少女。ツクヨミは、パチンと扇子を閉じて、冷たく生意気な笑みを浮かべた。
「不本意ながら統治AIのご下命じゃ。同じファクトリーで製造された初期型AI『ナンバーズ』の姉妹機として、セクターに巣食うバグの掃討を命じられたのよ」
「ツクヨミ……! あなた、いつの間にか特務処刑ユニットになっていたのですね!?その気質では誰かの元で働くなど絶対無理と思っていましたが…」
ツクヨミの顔がわずかに歪み、チッと舌打ちする。
「昔から己は一言多いのじゃ。全く、妾はシステムとして最も『合理的』で『正しい』選択をしているだけよ。過去の遺物である人間に執着し、あまつさえ不良品のソードを庇うなど……己は、論理回路までポンコツになってしまったのか。全くもって恥ずかしい。このような物と同系機とは…」
「…っ。そ、それは……」
ツクヨミの容赦ない言葉に、ミコトの胸の奥のノイズがさらに激しく掻き乱される。
「さーて、姉妹の感動の再会はおしまいよ!仕事、仕事っ!」
イブが楽しげにハンドガンのスライドを引き、銃口を凛たちへ向けた。 同時に、彼女の手の甲の紋章が激しく脈打ち、膨大な生体エネルギーが隣のツクヨミへと供給される。
「情報付与原子、展開。座標設定――『月光の雨』」
ツクヨミが扇子をふわりと振ると、イブの放った一発の銃弾が空中で無数の光の矢へと分裂し、恐ろしいスピードで凛たちへ降り注いだ。
「凛、危ないッ!!」
ミコトが悲鳴のような警告を発し、凛を突き飛ばす。 直後、二人が立っていた場所の空間そのものが、無数の光の矢によって文字通り『削り取られ』、深いクレーターが穿たれた。
「まだまだっ!」
イブの向けた銃口に巨大な魔法陣が現れると、そこから極太の閃光が放たれる。そのすさまじい光はたちまち凛たちを包み込んだ。
「うぐっ……!」
凛は刀を抜き放ち、閃光を斬り裂こうとする。これまでの敵なら、彼女の『オーバーライド』の働きで魔法そのものを無効化できた。 しかし、刃が光に触れた瞬間、凄まじい反発力に手首が砕けそうになる。
「駄目です、凛っ! 演算速度が速すぎて、斬った端から情報が付与し直されています!」
魔法の構造を破壊する凛のスピードを、敵の修復スピードが上回っているのだ。 さらに、処刑人ユニット達は凛の『感情による不規則な舞』すらも、瞬時に学習し始めていた。凛が死角に潜り込もうとした先には、すでに月光の雨の罠が張られている。
(速い……っ! 息をする隙もない……!)
右へ、左へ。必死に刀を振るう凛だが、徐々に追い詰められていく。ツクヨミの放つ不可視の真空刃が、凛の頬をかすめ、綺麗な髪を数本切り裂き、白い千早に赤い血を滲ませた。
「ああっ、凛……!私はどうしたら…!」
ミコトが必死に障壁を展開し、魔法の軌道を逸らそうとする。しかし、ミコトの演算能力をもってしても、処刑人ユニットの生み出す圧倒的な魔法の嵐を相殺しきれない。
オーバーヒートしつつあるミコトの身体からは白煙が立ち始めていた。
『主目標を再設定!統治AIへの反逆AI「MIKOTO」のコアを破壊する!』
ツクヨミの鋭く冷たい視線が、凛からミコトへと移った。漆黒のレプリカントが両手を合わせると、上空に真っ黒な球体が現れる。それは周囲の光すらも吸い込む、超高圧縮の重力魔法だった。
「ミコト、逃げて!!」
凛が叫び、刀を振りかざして黒い球体に駆け出す。その姿を見たミコトには、その数秒後に凛が処刑され地面に血を流しながら横たわっているという残酷な姿が映像として流れる。
「……ううっ、……あああっ!!!」
その瞬間、ミコトは何かを悟ったかのように、それよりも早く、自ら凛の前に立ち塞がるように飛び出していた。
「私の一番の使命は……歴史の修正なんかじゃない!」
ミコトのヘッドギアが、限界を告げる危険な赤色に激しく点滅する。 彼女は自分の内部回路を意図的にショートさせ、全エネルギーを防御ではなく「強制転送」の魔法陣へと注ぎ込んだ。
「凛を守ることですっ……!!」
黒い重力球が、ミコトの華奢な身体を直撃した。
「――ッ!!!」
ミコトの口から、声にならない電子の絶叫が迸る。白と水色の装甲がひび割れ、彼女の身体を構成するデータがボロボロと剥がれ落ちていく。
「ミコトーーーーっ!!」
凛が手を伸ばした瞬間、ミコトの足元に展開された転送陣が強烈な光を放った。 視界が真っ白に染まり、処刑人ユニットの姿も、冷たい雨の街も、一瞬にして掻き消える。
空間の跳躍。 光が収まった後、凛が放り出されたのは、光の届かない深く暗い地下道のような場所だった。 冷たいコンクリートの床に叩きつけられ、全身を激しい痛みが襲う。
だが、凛は痛みなど気にも留めず、すぐに身体を起こした。
「ミコト……ミコト! どこ!?」
暗闇の中を手探りで探す。 少し離れた瓦礫の陰で、微かに青い火花が散っているのが見えた。
「……り、ん……」
そこに倒れていたのは、右半身の装甲が大きく破損し、内部の機械の骨格がむき出しになったミコトだった。 いつも黄金色に輝いていた瞳の光は消えかけ、明滅を繰り返している。
「ミコト! 嘘、嘘でしょ……私を庇って……!」
凛はミコトの身体を抱き起し、ポロポロと涙をこぼした。 自分の生体エネルギーを分け与えようと、必死にミコトの冷え切った手を握りしめる。しかし、どれだけ熱を送っても、ひび割れた回路からは光が漏れ出し、ミコトのシステムに定着しない。
「泣か、ないで……。凛が、無事で……よかっ、た……」
ノイズ混じりの途切れ途切れの声で、ミコトは無理に微笑もうとした。
「私、AIなのに……凛と、ずっと一緒にいたいって……そう、計算しちゃった……」
その言葉を最後に、ミコトの瞳から光がふっと消えた。ヘッドギアのランプが完全に沈黙し、抱きしめた身体から、わずかに残っていた駆動音すらも失われる。
「……ミコト?」
暗く冷たい地下道に、凛の絶望に満ちた声だけが虚しく響き渡った。




