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第6話:涙……? それはバグじゃなくて、君に『心』が宿った証拠っていう素敵な魔法だよ

劇場の跡地を後にした凛とミコトは、統治AIの監視網を避けるようにして、居住セクターの裏路地を進んでいた。表通りの華やかな美しさとは少し違う、資材が積まれた薄暗い通路。

不意に、物陰から声が聞こえた。


「やめて……痛い、行きたくない……ッ!」


凛は思わず足を止めた。 震えるような、怯えた少年の声。この世界に来てから、痛みを訴えたり、命令を拒絶したりするソードを見たのは初めてだった。

二人がそっと覗き込むと、そこには一組のユニットがいた。 茶色い短パン、白のシャツにローブを羽織った少年型のソードと、無表情な成人男性型のレプリカントだ。レプリカントは、抵抗する少年の腕を無慈悲にも力で締め上げ、引きずっていくところだった。


「……生体反応に著しいイレギュラー(バグ)を検知。紋章の破損によるネットワーク接続障害。これより、当該個体を初期化フォーマット施設へ強制連行する」


レプリカントの機械的な声が響く。少年の手の甲を見ると、個体を管理するはずの幾何学的な紋章シンボルが斜めにひび割れ、ノイズのように明滅していた。


「ミコト、あれは……」


「欠陥ユニットです」


ミコトは少しだけ固い声で答えた。


「おそらく、物理的な事故か何かで紋章が破損し、統治AIの『規律プログラム』から外れてしまったんです。彼らはネットワークの調和を乱す『バグ』として、記憶と人格をリセットされます。……AIのルールにおいては、それが『正しい』処置です」


「リセットって……そんな!死んじゃうのと同じじゃないっ!」

「凛!?」


凛は路地に飛び出していた。 少年を引きずっていくレプリカントの前に立ち塞がり、腰の白刃をスァンッ、と引き抜く。


「その手を離して!」


凛の突然の乱入に、レプリカントの赤いバイザーがギョロリと動いた。


「未登録の生体波形。……昨日よりセクター内で報告されている、イレギュラー個体と断定。排除対象に追加」


レプリカントは少年の襟首を放り投げると、周囲に魔法を展開した。鋭い鋼鉄のワイヤーが無数に現れ、蛇のように蠢き始める。


「凛、危ないッ! あのレプリカントは作業用の高出力モデルです!」


背後からミコトが叫ぶ。


「ミコト、お願い! 魔法を防いで!」

「で、でも……!」


ミコトは一瞬ためらってしまった。 AIであるミコトの論理回路が警告を発していたのだ。あの少年はシステムのエラー。放置すればネットワークに致命的な悪影響を及ぼすかもしれない。ルールに従うなら、このままフォーマットされるべきなのだ。

(私はAI。あの子はソード…。システムのエラーは修正しなければならないと感じている……でもそれって)


「ミコトっ!ルールなんてどうでもいいの! あの子は今、泣いてるのよっ!」


凛の悲痛な叫びが、路地に響いた。 地面にへたり込んだ少年は、恐怖でボロボロと大粒の涙をこぼしていたのだ。痛みに顔を歪め、死を恐れて泣いている。それは、作られた『ヒトモドキ』の姿ではなく、一人の人間の姿だった。

(……あれは、エラーでも、バグでもない…!生きたいと願う『心』!)

ミコトの中で、何かがカチリと切り替わった。 AIが順守すべき規律よりも、目の前で泣いて助けを求める生命。そして、それを救おうとする凛の優しさをただ信じたい…!


「……ッ、出力全開! 敵の演算プロトコルに、強制介入します!」


ミコトのヘッドギアが青白く発光し、彼女の腕から射出された白銀の光が、レプリカントの操る鋼鉄のワイヤーに直撃した。


「ガ、ガガッ……座標指定、エラー……!」


レプリカントの動きが一瞬硬直し、ワイヤーの軌道がのたうつように乱れる。


「はぁぁッ!」


凛はその隙を見逃さなかった。 鍔に設えられた鈴をシャリンと鳴らし、辺り一帯を浄化する。そしてレプリカントを繋ぐ魔力線だけを的確に狙った一閃が放たれた。

刃はレプリカントのネットワーク接続部と駆動系を断ち切り、自重を支えられなったその巨大な鉄の肉体は音を立てて膝から崩れ落ちる。

静寂が戻った路地で、凛はすぐに刀を納めると、震えている少年に駆け寄った。


「大丈夫? 怪我はない?」

「うっ……あっ……」


少年は凛にしがみつくと、やがて顔をくしゃくしゃにして泣きじゃくり始めた。


「怖かった、本当に怖かった……!」


凛は少年の背中を優しく撫でた。その背中は、とても温かい。そんな、少年に寄り添う凛の姿を目の当たりにすると、ミコトは左手で右腕を握りしめて思わず視線を逸らしてしまった。


――少し落ち着いた後、少年は「グラム」と名乗った。

彼によれば、以前、このセクターの外にある古い施設を掃除するタスクを与えられていたのだという。


「そこで、鋭利な破片で……手の甲を、傷つけてしまって……」


グラムは、破損した紋章のある手の甲を見つめた。


「紋章が壊れた瞬間、頭の中をずっと縛っていた『声』が消えたんです。そしたら急に、腕の傷がすごく痛くなって……空を見たら、青くて綺麗だなって思って……。そしたら相棒のレプリカントが、僕を『不良品』だって言って……」


グラムは、凛の目を見据え、問いかけた。


「僕は、不良品なんでしょうか。痛いとか、綺麗だとか感じるのは、間違っているんでしょうか」

「ううん」


凛は、グラムの目を見てはっきりと告げた。


「それが、生きているっていうことだよ。―いい?グラム君。その身で起きたこと、そのまま受け止め実感すること…、それこそが生きている証明なんだよ。」


その言葉に、少年は安堵し大粒の涙をこぼしながらも、ふわりと、屈託のない笑顔を見せた。


「……ありがとうっ…!」


少し離れた場所で、ミコトはその光景を静かに見つめていた。

(ソードたちは、ただのAIのシミュレーションの産物。そう思っていたけれど……)

システムから「規律」を取り除けば、すべてのソードがグラムのように感情(心)を持つようになるのではないか。 だとしたら、自分が凛と共に果たそうとしている「歴史の修正」――つまり、この偽りの世界そのものを消去して、本来の人間の歴史に上書きするという使命は、彼ら『新しい命』を皆殺しにする行為なのではないか。

ミコトの胸の奥で、経験したことのないエラー音のようなノイズが、チリチリと鳴り始めていた。

(この気持ち……モヤモヤとする違和感のような……一体何?)


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