第3話:ただ楽しく踊っただけなのに!?最強のバグ認定され指名手配されました
『――対象の排除を実行せよ』
無機質な警告音が鳴り響く中、街路を埋め尽くしていたソードとレプリカントたちが一斉に動き出した。しかし、群衆の中から彼らを掻き分けるようにして前に進み出てきたのは、一際異彩を放つ巨大な二人組だった。
身長2メートルを優に超え、大剣を携えた巨漢のソードと、その背中を覆うほどの巨大な装甲盾を持ったレプリカント。彼らが一歩踏み出すたびに、石畳が微かに震える。
「防衛特化型の重装ユニットです! 凛、気をつけて! 彼らの魔法防御は、さっきの警備ユニットとは比べ物になりません!」
ミコトが叫ぶと同時に、巨漢のソードが右腕を天に突き上げた。手の甲の紋章が、かつてないほど眩い青色に発光する。膨大な生体エネルギーが盾を持つレプリカントへ供給され、その驚異的な演算によって空間の原子が凄まじい密度で集束していく。彼らの前面には、幾何学的な六角形の障壁が何層にも重なって展開された。
「私に任せてください、凛! 敵の障壁の脆弱性を計算します!」
ミコトの瞳の中に、無数のデータ文字列が滝のように流れ落ちていく。AIとしての並外れた演算能力で、敵の魔法の構造を解析しているのだ。
「……見切りました! 凛、私の指示通りに動いてください! まず右へ3歩踏み込み、敵の左下から45度の角度で刀を振り上げて!」
「わ、わかった!」
凛はミコトの言葉に従い、ステップを踏んで刀を振るう。 しかし、ガキンッ!という硬質な音と共に、凛の刃は障壁に弾き返されてしまった。手がビリビリと痺れる。
「今度は左へ! 2.5歩の位置から、水平に薙ぎ払ってください!」
「くっ……!」
言われた通りの歩数、言われた通りの角度。 凛は懸命にミコトの指示をなぞろうとするが、どうしても動きがぎこちなくなってしまう。剣筋が読まれ、敵のレプリカントは盾の角度を僅かに変えるだけで、凛の攻撃を完璧に防ぎ切っていた。
『無駄です。あなたの生体波形に基づく攻撃軌道は、すべてネットワークに予測されています』
重装レプリカントが機械的な声で告げると同時に、巨漢ソードが障壁の隙間から丸太のような腕で、強烈な大剣による斬撃を放ってきた。
「きゃあっ!」
「凛!!」
咄嗟に刀の腹で受け止めたものの、凄まじい衝撃に凛の身体は後方へ吹き飛ばされ、石畳を転がった。
(……なんで、うまくいかないの)
荒い息を吐きながら、凛は立ち上がる。 右へ3歩、左下から45度。ミコトの指示は、きっと数学的には最も正しい答えなのだろう。でも、その「完璧な指示」に従おうとすればするほど、凛の身体は鉛のように重くなった。
『足の運びが違います。右足から、角度は30度。寸分の狂いも許されません』
脳裏に、実家の稽古場での祖母の冷たい声がフラッシュバックする。 一挙手一投足を型にはめられ、少しでもはみ出せば叱責された日々。「こう動くべき」というしきたり(ルール)に縛られていた、あの息苦しさ。
(私は……また「誰かの指示」に従って、窮屈な思いをするためにこの世界に来たの?)
「凛、大丈夫ですか!? 次はもっと複雑な軌道で計算し直します! ええと、斜め前に1.2歩踏み込んでからフェイントを――」
「……ミコト」
凛は俯いたまま、静かに言葉を遮った。
「計算、しないで」
「え……?」
「私の動きを、型に当てはめようとしないで。私は、機械じゃない」
凛は深く息を吸い込み、構えを解いた。刀をだらりと下げ、全身の力を抜く。 祖母に教え込まれたガチガチの剣術の型ではない。誰も見ていない夜の境内で、一人月明かりの下で踊っていた、自分だけの自由な舞のステップ。
「凛、何を……! そのままでは敵の予測の的に――」
『対象の隙を確認。一斉排除を開始』
重装ユニットが勝機と見て、展開していた障壁を巨大な光のハンマーに変換し、凛の頭上へと容赦なく振り下ろしてきた。 死の質量が迫る中、凛の瞳に恐怖はなかった。
(私の心は、誰にも計算なんかできない)
トン、と。 凛の足が、小鳥のように軽く跳ねた。
それは「右へ何歩」という論理的な移動ではなかった。風に舞う花びらのような、あるいは水面に広がる波紋のような、完全に感情と本能だけに従った、不規則で美しいステップ。
『――エラー。対象の移動ベクトル、計算不能。軌道予測、喪失』
重装レプリカントの瞳の奥で、赤いエラー表示が激しく点滅した。 論理と効率だけで構成された彼らのプログラムにとって、喜怒哀楽の感情のままに揺れ動く凛の「遊び」のある動きは、絶対に理解できないバグだったのだ。
「小鳥よ、もっと自由に羽ばたいて!…ここに、鷹なんていないんだ!」
凛が軽やかに舞う。重装ユニットが繰り出した光のハンマーが虚空を叩き割り、石畳を粉砕するが、すでに凛の身体は敵の懐、完全に計算外の死角へと滑り込んでいた。
「嘘……」
ミコトが驚愕に目を見開く。
「いくよ、ミコト!」
「……っ、はい!!」
凛の声に弾かれたように、ミコトは一切の「軌道計算」を放棄した。ただ純粋に、凛という少女の感情の波長に自分の波長を合わせる。ミコトから発せられた白銀の光が、凛の刀を眩く包み込んだ。
「はぁぁぁぁッ!!」
下から上へ。五色の帯を翻し、重力すら無視したようなしなやかな斬り上げ。 それは完璧な直線ではなく、自由奔放に描かれた美しい扇状の円弧だった。
白銀の刃が、敵の分厚い装甲盾と原子障壁を、紙切れのように両断する。 ズガァァァン!!という爆音と共に、重装ユニットを繋いでいた魔力線が断ち切られ、光の粒子となって霧散した。
巨漢のソードが白目を剥いて倒れ込み、レプリカントも機能停止の煙を上げる。周囲にいた他のユニットたちも、上位権限を持つ重装ユニットが沈んだことで連鎖的に強制シャットダウンを受け、次々とその場に崩れ落ちていった。
「……ふぅ」
凛は静かに残心を示しながら、ゆっくりと刀を鞘に収めた。 額に浮かんだ汗を拭い、ミコトの方を振り返って、少しだけ照れくさそうに笑う。
「ごめんね、ミコトの言う通りに動けなくて」
ミコトはしばらくポカンとしていたが、やがてぶんぶんと首を横に振って、凛の元へ駆け寄った。
「ううん、私の方こそごめんなさい! 凛を私の計算通りに当てはめようとしちゃった。……凛の今の動き、本当に、すっごく綺麗だった!」
ミコトの黄金色の瞳は、心からの賞賛でキラキラと輝いていた。 その真っ直ぐな言葉に、凛の胸の奥がじんわりと温かくなる。 「しきたり」や「型」から外れても、この子は私を綺麗だと言ってくれる。……そのままの私を受け入れてくれるのだ。
「凛のあの『計算外のステップ』があれば、どんな敵の予測も超えられます! 私たち、最強のバディになれるかも!」
「もうっ、大げさだなあ」
笑い合う二人の頭上で、作られた青空が少しだけ本物の空のように澄んで見えた。 規律の街の片隅で、二人の心は確実に一つの線で結ばれようとしていた。




