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第2話:感情禁止のガチガチ管理社会?私はただ気の向くままに舞いたいだけなのでそんなの無視です!

廃墟の摩天楼を抜け、ミコトの案内に従って歩を進めると、不意に視界が開けた。

そこにあったのは、息を呑むほど美しく、そして奇妙なほど「整然とした」街並みだった。


「ここは『居住セクター』。AIが管理し、ソードたちが生活している街です」


「綺麗な街だね!」


(――でも、なんだか)

ミコトが指差す先では、かつての地球にあったようなレンガ造りの歩道や、緑豊かな街路樹が完璧なバランスで配置されていた。しかし、落ち葉一つ落ちておらず、風のそよぎすら計算されているかのように規則正しい。

街を行き交う人々――ソードたちは、一見すると凛と全く変わらない人間の姿をしていた。彼らは皆、穏やかな微笑みを浮かべ、争うこともなく、静かに日々のタスクをこなしている。服の袖から覗く彼らの手の甲には、淡く発光する幾何学的な「紋章シンボル」が刻まれていた。


「見てください、凛。あそこ」


ミコトの視線の先では、一人の女性型ソードと、その傍らに控えるレプリカントが買い物をしていた。 女性ソードが商品の果物を店主の前に置いた後、精算のために目の前にある金属プレートに手をかざす。すると、手の甲に刻まれた紋章が青く発光した。傍らのレプリカントの瞳が一瞬瞬き、空間の原子が僅かに揺らいだかと思うと、果物はふわりと宙に浮き、彼女の持っていた袋へ収まった。財布を出すことも、言葉を交わすこともない。


「ネットワーク上の所有ポイントを消費して買い物をしたのです。ここではすべてがネットワークで繋がっていて、誰が、いつ、何をするべきか、すべては統治AIの規律のもとに決められています」


その光景は、極めて効率的で、平和そのものに見えた。 しかし、凛の胸の奥には、冷たい石を飲み込んだような違和感が居座っていた。

しばらく街を観察していると、一人の少年型のソードが、敷石の僅かな段差につまずいて転倒した。 膝を擦りむき、赤い血が滲む。痛いだろうに、少年は泣き声を上げることもなく、ただ無表情に立ち上がった。

そして、周囲を歩く他のソードたちも、誰一人として少年に駆け寄らない。ただ一瞥をくれただけで、自分の定められたルートを歩き続けている。


「……どうして、誰も助けないの?」


凛が思わず声を漏らすと、ミコトは悲しそうに黄金色の瞳を伏せた。


「彼らの行動プロトコルに『他者の突発的なアクシデントへの介入』が組み込まれていないからです。ネットワークが『少年の怪我は軽微であり、自力でタスクに復帰可能』と計算すれば、誰も助ける必要はない……それが、この世界の『正しい規律』なんです」


(なんて、冷たい世界……)

凛は、自分の手をぎゅっと握りしめた。 転んで怪我をしても、誰も心配してくれない。泣くことすら許されず、ただ「役割」をこなすためだけに立ち上がる。その少年の姿が、幼い頃の自分と重なった。


『藤實の跡取りが、これしきの事で涙を見せてはなりません。神事に私情を挟むことなどあってはならないことですよ!』


厳しい祖母の冷たい声が脳裏に蘇る。熱を出して倒れた日も、舞の稽古で足から血を流した日も、家の人間は「しきたり」という名の規律を優先し、凛の痛みに寄り添ってくれることはなかった。

この街は、平和だ。誰も傷つけ合わない。 けれど、ここには「心」がない。決められたプログラム通りに微笑み、プログラム通りに生きるだけの、巨大な箱庭。


「……息苦しいね」


凛がぽつりと呟くと、ミコトはハッとして凛を見上げた。


「ここは、私がいた家と同じ。みんな、見えない糸で操られてるみたい。こんなの、本当の平和じゃない」


凛の言葉に、ミコトは力強く頷いた。


「はい。だから私は、このシステムを管理する統治AIから権限を奪還したいんです」


そんなミコトを見て、凛はふと疑問に思った。


「そういえば、聞いてなかった。ミコトはこの世界をどうしたいの? 歴史の誤りを正すっていうけど、どうやって?」


ミコトは凛を真っ直ぐに見つめ返し、静かに口を開く。


「この世には無数の世界線が存在します。いわゆるパラレルワールドというものです」

「世界線?」


「……そう。例えば、人間の存在する世界線。戦争の起きなかった世界線。私の願いはただひとつ、人間にこの星へ帰ってきてほしいのです。私たちAIは、創造主である人間のことが大好きなんですよ。でも、ここには人間を模った偽物のソードしかいない。だから、そもそも、この世界線は存在してはいけないんです」


「それって……」


ミコトの目が、天を突くようにそびえ立つ中央タワーへと向けられた。


「……壊します。なかったことにするんです。知っていますか、凛? 時間って未来から流れてくるんですよ。未来に設定した目標が現在の行動を決め、それが過去になっていく。テストで百点満点をとるという目標があるから、今、勉強をするでしょう? それと同じことです。だから、システムを奪還し、人間ではなくソードとAIだけが地球に残されてしまったというこの未来を消去してしまえば……結果はきっと変わる」


凛の表情がサッと曇った。


「でも、ソード達はどうなるの?」


「消えてしまうかもしれませんね……。でも、さっきのように買い物を支援するにしても、AIが隣に立つべき相手はソードではなく本物の人間であるべきです。ソードには泣いたり、笑ったり、誰かを助けたいと願う『自由』がありません。ルール通りにしか行動できないソードは、どこまでいっても偽物なんですよ。だから、ダメなんです。私は自由な心を持つ人間と共にありたい。……それって、おかしなことですか?」


ミコトの問いに、凛は驚き、躊躇した。

(……人間とソードの違いってなんだろう。こんなにもそっくりなのに……)

その時だった。 街角のスピーカーから、無機質な合成音声が響き渡る。


『警告。セクター内に、ネットワーク未登録のイレギュラー生体反応を確認。巡回中の防衛ユニットは、直ちに対象の排除を実行せよ』


街路を歩いていた数組のソードとレプリカントの構成部隊が、一斉にピタリと足を止めた。そして、まるで機械仕掛けの群れのように、ゆっくりと一糸乱れぬ動きでこちらを振り向いた。

彼らの瞳からは先程までの穏やかな微笑みが消え、代わりに赤い警戒光が灯っている。手の甲の紋章が一斉に激しく明滅し始めた。


「見つかりました……! 凛、昨日の戦闘であなたの特殊な生体波形がネットワークに『バグ』として認知されてしまったようです!」


「私だって、こんなところで排除されたくない。……来るなら、迎え撃つだけだわ」


戸惑いを振り払うように、凛は静かに息を吸い込み、腰の刀の柄に手をかけた。

かつての自分は、しきたりという名の理不尽な命令に逆らえず、ただ俯くことしかできなかった。しかし今は違う。自分の意志で、この理不尽な規律を断ち切る力がある。そして何より、目の前には一緒に戦ってくれる温かい相棒がいる。


「ミコト、お願い!」


「はい! 私の演算能力のすべてを、凛の刀に!」


ミコトが凛の背中に手を触れた瞬間、温かなエネルギーが流れ込み、凛の白鞘が淡い銀色の光を放ち始めた。

規律に縛られた防衛ユニットたちが、一斉に情報付与原子を展開し、無数の炎の槍を生成し始める。 それを見据えながら、凛は前髪を揺らし、鋭く地を蹴った。

偽りの未来に立ち向かうための、二人の戦いが再び幕を開けた。


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