ハウスワイフ
たぶんどこにでもいそうな、夫婦の物語。
たぶんね。
「もう三年なのに、美味しくできない」
午後五時。妻のいら立つ声とともにキッチンから焦げたにおいが漂ってきた。
「ゆっくり慣れればいいさ。手伝おうか」
僕は新聞から顔を上げ、ソファから妻に声をかけた。散らかったリビングの床はなかなか賑やかで、こっちを先に片付るべきか。
「だめ、私の仕事なの」
僕ら夫婦はアンドロイドの開発者だった。もっとも僕は退職している。三年前、結婚三十周年で行ったテキサスで事故にあい、その前後の記憶を失い復帰ができなかったのだ。
幸い妻は無事だったらしい。あれ以来仕事人間だった彼女は、毎日四時に仕事を切り上げ家のことを楽しそうにやっている。今も冷蔵庫をバタバタいわせながら夕食の支度中だ。
仕事漬けの毎日だったもんな。
事故のおかげで人間らしい生活に戻れたのかもしれない。小柄な妻の後姿を見ながら、僕はひとりごちた。
人口が減り続ける二十二世紀の日本では、アンドロイドは大事な労働源だ。その需要は科学者から肉体労働者まで幅広く、僕ら開発者には企業からの要求が絶えなかった。
まれにアンドロイドを家政婦の名目でパートナーにする人もいるが、世間の反応は冷ややかだ。心のないものに愛を求めるのがよろしくないらしい。
先日だってそうだ。業界紙記者の佐藤君が妻の取材でうちに来た。例の事故以来疎遠になっていたが、以前はよく一緒に仕事をしていた好青年だ。
妻がドアを開けるなり、彼は深々と頭を下げた。
「先生、三年もご無沙汰しており、本当に申し訳ありません。
…お夕飯の支度ですか?変わりましたなあ、先生は」
家の奥から焦げたにおいがすれば、火事か料理の二択だ。エプロン姿の妻を見て彼は後者を選んだのだろう。
「ふふ、そうでしょ。あなたー、佐藤さんよ。覚えてる?」
ああ、アルバムで見たからね。僕は笑顔で佐藤君を出迎えた。
佐藤君は驚いた顔で僕を見つめ、目を逸らしため息をついた。
「―ご主人はお変わりないですね。」
午後六時。黒焦げの料理が食卓に並んだ。ローストチキンらしい。一切れ口に運ぶと、妻がすかさず味を聞いてきた。
「気に入ったかしら」
僕に好みはないが炭素3%は多いかな。
午後八時。妻とソファに腰かけ、アルバムをめくった。片付いたリビングや食卓に並ぶ旨そうな料理の写真を、どこか切なそうな顔で妻が丁寧に説明していく。
毎晩こうして僕の記憶が取り戻されていく。
「ここでおしまい。」
妻はいつも最後のページを見せない。
でも僕は知っている。あれは三年前の新聞記事のスクラップだ。見出しだって覚えている。
―テキサス州でツアーバス横転 日本人を含む二十三名死傷―
午後十一時。僕はコクーン型のポッドに入り、首筋に充電ケーブルをカチリと挿した。
妻は隣のベッドに横たわり、愛おしそうに僕を見ている。
僕は思い出す。妻のほうがずっと才能があったから、僕は一線を退き主夫になった。アルバムの写真はその頃のものだ。
だが三年前、僕が目を覚ましたあと妻は言った。
“わたし、ずっといい奥さんになりたかったの。これから家のことは私にさせて”
ヒュンヒュンという操作音とともに記憶領域のスキャンが始まる。薄れゆく意識に妻の声が混じる。
「わたし、あなたがいないとどうしていいかわからないの。だからあなたを作っちゃった」
僕は眠る。アンドロイドに心はないが思考はある。僕が君のことを考えているこの瞬間は、きっと愛というやつなのだろう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
アンドロイドになってなお、最後のページを見せない妻を気遣う夫
自らの手で「変わらない」幸せを手に入れた妻
いろいろな考え方はありますが、私はこのふたりは幸せだと思っています。
そのうちアンドロイドも感情を持つ時代が来るのかもしれませんね。




