16.令嬢、婚約する
書面上の契約とか諸々に時間はかかったものの。
決まったらトントン拍子だった。
全く、お父さまったら、仰々しく念押しをすることなかったじゃない。
そう。文句をいっているのは、私、アンネリーゼ。
私はお父さまの友人のライナルト・ブランデンブルク伯爵の養女となった。将軍でもあるブランデンブルグ卿の養女となった私にとって、アルベルトの婚約者になることはなんの障壁もなかった。
そうして、私はアルベルトが婚約を申し込みにやってくるのを待っている。
窓の外から馬車の音が聞こえてきて、公主家の家紋のはいった馬車が、伯爵家の前で止まる。キィ、と音を立てて、御者が扉を開くと、あの方が馬車を降りてくる。
伯爵家の執事長が恭しくあの方を家に迎え入れて、庭に案内されるの。あの方は、私が待つ花の咲き乱れる庭の東屋に歩いてくる。一歩、また一歩。
そして今、目の前に──。
「アルベルト……」
「アンネリーゼ。会いたかった」
「……私もです」
私たちは、お父さまにいいつけられて、あの日以来会ってはいなかった。お父さまは、まだ新参の貴族。足をすくわれないように、慎重にことを運ぼうという話に落ち着いたのだ。
その結果、私たちは、会うことはできなくなった。
ようやく私がブランデンブルク伯爵の養女となったので、その伯爵家の娘として、今、婚約の申し入れを受けようとしているのだ。
アルベルトが、私が座っている前に跪く。そして、胸元から小箱を取り出し、それを恭しく差し出す。
「アンネリーゼ・バーデン・ブランデンブルク嬢。……私の婚約者になっては下さらないか」
私の答えを言おうとすると、アルベルトが少し前に出てきて、私の唇にそっと指を添えて言葉を発するのを制する。
どうしたのだろう? と思っていると、アルベルトが、小箱の蓋を開けた。
その中には、光り輝く透き通ったダイアモンドの指輪が入っていた。
「これは、代々我が公主家の正妃に贈られる指輪だ。これを嵌めて、私の妻となると約束して欲しい」
私の頬から涙が伝い落ちる。
「アンネリーゼ、泣くのが早いよ。……答えは?」
アルベルトが笑う。
「はい、私はあなたの妻になります。婚約を、お受けいたします」
そう答えると、そっと微笑んでアルベルトが小箱から指輪を抜き出した。そして小箱は要済みとばかりに地面に落とされる。すると、私の左手の薬指に冷たいものが差し込まれてきた。
それが済むと、私の左手の薬指に、美しい透明な石が置かれた指輪が嵌められていた。
その素晴らしい石が、乱反射して虹色に光る。涙で濡れた瞳には、それが余計に強調されて、世界がキラキラして、眩しかった。
──幸せ。
幸せだった。
「真実の愛」って、なんて幸せなんだろう──。




