15-3.
と、そんなとき。
「……こんな金の卵、バウムガルデンにやるわけにはいかないんでね。姫君はハイデンベルグがいただきますよ」
その声を契機に、ガシャン、とガラスが割れる音がする。
それを聞きつけて、うかがい見ていたアルベルトも慌てて扉を開けて中に入った。
すると、黒衣の男がガラス扉を蹴破って、部屋に入り込んでいた。外に生えている木にくくりつけていたのであろう、綱を手にしたハイデンベルグ王国の王弟マルクの手のものと思われる男が、両者の合間を縫って、アンネリーゼを捕らえた。屋敷に悲鳴が上がる。
「おじゃましますよ」
その場にそぐわない優雅な物腰で、ハイデンベルグ王弟マルクが庭から部屋に入ってくる。
「やっ。なに……!」
黒衣の男に、不意に抱き捕らえられ、アンネリーゼが抵抗するが、男の拘束に女が抵抗するのは児戯のごとく遮られる。あっけなくアンネリーゼはマルクの手の者の腕の中に拘束された。そして、その男は反対の手でナイフを取り出した。
「やめないか!」
アルベルトが声高く上げると、「おや」と気がついたように、マルクが彼を見た。
「ほう。バウムガルデンの王太子みならず、デラスランド公主までそろい踏みとは。さすが『蒼き宝石』だ。だが、その宝石はハイデンベルグが、私がもらい受ける。ほら、少しでも動いてみろ。姫君の頬に消えない跡が付くぞ? 私は多少の傷があろうとも姫君を愛せるのでね。些細な問題なんだよ」
黒衣の男は、目線で指示を受けたのか、頬にナイフを当てた。
それを見て取って、アルベルトが腰のものを手に掛け、剣を抜いた。
「アンネリーゼを傷つけるのはやめろ! それに彼女はものじゃない! 金の卵だとか、利害で欲するものに渡すつもりはない!」
「公主閣下……!」
アルベルトが叫び、アンネリーゼがか細く答えると、マルクはハッと吐き捨てるように笑った。
「バウムガルデンだってお前だって、青い宝石だとかいって褒めそやして、その実、この女の持つ価値を見ているに過ぎない、そうだろう?」
その問いに、エリアスはそもそも刃物が出てきたことにより青くなって動けない。さらに剣に手を掛けようか迷う手がカタカタと震えている。
アルベルトはギッとマルクをにらみつけた。マルクは相手はアルベルトのみと判断する。
「そっちはどうなんだ。なんか反論の余地はあるのか?」
「私は子供のときからの想い人なのでな。価値とかは考えたこともない」
「だが、奪ってしまえば私のものだ。彼女が傷ついてもいいというのか? この幼い頃から想い続けた美しい顔に傷が付いてもいいのか?」
そういってマルクがせせら笑う。
「アンネリーゼ」
不意に、アルベルトがアンネリーゼに声をかける。
「私は他の誰より君が良い。君に傷が付いても一生私が君に添い遂げると誓おう。私が妻に迎えるのは最初で最後、君ひとりだ。傷があろうとなかろうと。……いいね?」
「……は、い……」
か細くアンネリーゼが応える。傷つくのは怖いとか、言葉は本当だろうかとか、迷いながら、それでもアルベルトの言葉を信じたい一心からの返事だった。
「……ッ!」
ふたりのやりとりにマルクが激高する。マルクとて、アンネリーゼを気に入っており、懸想しているのだ。だから余計に激高した。
彼は刃をあてようとする。顔に無残な傷を付けようと。
「こっちにも剣はあるんだな」
「なにッ!?」
アルベルトは手に持っていた剣を反対の手に持ち替え、腰に手をあてる。アルベルトの誘導の言葉に惑わされたマルクの部下の意識が、アルベルトの反対の手に移る。そして、アンネリーゼの肌に向かっていた刃が触れる力が緩んだ。
アルベルトはあるものをマルクの膝に向けて強く投げつけた。それは見事に膝に命中した。
もともと持っていた方の剣だ。
「な……ッ」
バランスを崩したマルクの拘束が緩み、アンネリーゼはマルクの手のものから逃れる。それを見て、新たに取り出した剣の柄でそのものの手元を叩きつけた。
「チッ」
カランと音がして、マルクの部下の剣が床に落ちる。それに素早く駆け寄って、アルベルトが蹴り飛ばして部屋の隅にまで追いやった。そして、今度はアルベルトがマルクの眼前に剣の切っ先を突きつける。
「チェックメイト。新たな武器があると見せかけて、そちらに敵の気を引き、もともとの武器で攻めるのは兵法の基本中の基本だ」
「……私の負けだ。部下の教育し直しだな」
ふ、と乾いた笑みをこぼして、肩を落とす。その後は、両者ともおとなしくアルベルトの手で捕縛され、バーデン家の使用人が城まで行って呼んできた警備兵に引き取られていった。
バウムガルデンのエリアスは最初から最後までなにもできずに、すごすごと自国へ帰って行くのだった。




