14-1.令嬢、病院を建てる
「うーん……」
私は暇であった。
令嬢としては行儀悪く、ベッドにゴロンと転がり、天井を仰ぎ見る。
絵本を教会の学び舎に寄付する件は、公主閣下に喜んで受け入れていただいた。それから、製本に至るまでの一連の作業に携わる人々の募集から選抜、作業の流れについては、商人のエッドガルドさんにテキパキと決めてもらえた。
ソロバン、電卓もそう。
最初こそ、ある程度の数が必要ということもあって、技師さんたちには優先的に仕事をしてもらったけれど、もうその段階は終わっていた。だから、これ、といった仕事がない仕事の合間に作っては、商品としておいているのだそうだ。
なんでも、電卓の使い方を学問に取り入れるかどうかでもめているそう。
ソロバン、電卓はすっかり画期的な魔道具として受け入れられていた。
そして、化粧品についても同じような様子だ。
冬場までに、オイルの素になる花々やハーブを摘んでおいて貯蔵し、野良仕事のない冬場に、農家の人たちで化粧品作りをすることになったのだそうだ。
男性などは、出稼ぎに行かざるをえなかったけれど、家族で化粧品作りをして冬場のお金稼ぎをしているらしい。
そして、冷蔵庫。
これが、画期的な魔道具として上は王族貴族から、裕福な商家へと普及した。その工賃は、職にあぶれている、技師や魔道具師たちの賃金になる。
甜菜糖は収入の少なかった農民たちの収入を大幅に上げ、税収も押し上げた。
なすべきこととするべきものの采配が素晴らしい。
おそるべし、商会長の人脈、そして、その手腕。
そんなこんなで、すっかり絵本もソロバンも、電卓も、化粧品も、冷蔵庫、甜菜糖すら全て私の手を離れ、私にはお金と時間が入ってくるばかり。
「そういえば公国に入ったばかりの周辺の貧民街って酷かったよね……」
教会の周囲は悪臭が漂い、子供や貧しい身なりの大人が路上にうずくまったりしていた。
──そういえば、セーフティネットとかいって教会に寄付しているけれど、不足はないのかしら?
お金だけばらまいても、必要なものがなければ、機能しない。
「マリア! マリア!」
私は、こうと決めると気が急いて、マリアを呼ぶ。
「はい、こちらに!」
マリアが廊下を走ってくる。
「マリア、もう一度貧困区にいくわ。馬車を用意してちょうだい」
「……また、ですか? 危なくありませんか?」
マリアが気が咎めるような顔をして尋ねてきた。
「貧困区、といっても、例の寄付をしている教会に行きたいのよ」
「ああ、あちらでしたか。でしたらお知り合いですし、町歩きをするわけでもないので安心ですね」
少しほっとしたような顔をするマリア。
「じゃあ、よろしくね」
マリアは馬車の手配を部屋の外の廊下の手近な所にいた使用人に頼むと、私の着替えを手伝ってくれた。なるべく地味な服、それがふさわしいだろう、と思ったから。
私の行動は早かった。半刻もしないうちに馬車を用意させ、家を出る。もちろん、貧困区へ行くなどといったら、お母さまに止められてしまうからなのだけれど。
「あ、見えてきたわね」
相変わらず街の様子はすさんでいる。道にうずくまっているものもいる。
「……なにが足りないというのかしら……?」
炊き出しは、あの寄付の額で十分なはず。
「馬車を止めて」
私の言葉に、御者が馬を止める。マリアがしまったという顔をするけれど、私は気にせず扉を開けて街に降りた。すると、すぐ目の前に若者が道の端でうずくまって座っていた。
──臭い。
正直、かなり臭う。多分何日も風呂はおろか、衣類も洗ってはいないのだろう。
「あの、教会でご飯はもらえているの?」
青年は顔を胡乱に上げて、私をじろっと見る。
「もらってるさ。もらって、生きてる。ただ、それだけだ。お貴族のお嬢さまが俺に何の用だ」
いらだたしげに眉間に皺を寄せる。襲われやしないかとマリアが一緒に降りてきて、横ではらはらしているがそこまでの元気はないらしい。
「確かに飯は教会が炊きだししてくれてる。……でも、もうすぐ冬だ。俺たちには家もない。どうせ夜に寝ている間に死んじまうのさ」
やけっぱちな様子でいい捨てる様子に、やっと私は気がついた。
あ、そうか……。
セーフティネットなんていってお金だけ寄付して満足してた。それじゃだめなんだ。
衣、食、住が満足であること。それが人々の生活の安定に繋がるんだ。それに、あれね。生活保護なんかじゃ、病院にも無料でかかれるはずだから、そういった人のための病院も必要!
衣服は、お金を得られるようになれば買えるわ。あるじゃない、ハローワークに。職業訓練に、職業斡旋。そして、無事に職に就ければ、衣、食、住を自分でまかなえるようになるはず!
そして、それがまだの人。身体が不自由で働けない人、子供たち。
子供たちは、教会の保護施設を拡充するとともに、職員さんを確保すれば良いわ。
大人で働けない人は、生活保護対象にする。もちろん、その資金は私の貯めている、そしてこれからもは入ってくるであろうお金を充てる。
生活保護を受けている人に、住宅と、最低限暮らせる程度のお金を定期的に給付する。家の斡旋も大切ね。もしかしたら、専用住宅を建てる必要があるかもしれない。
職業訓練と職業の斡旋はエッドガルドさんに相談してみよう。私が発明した品々で、人材の確保は必要なはず。だから、教育と職業斡旋を兼ねた施設を設ける。
そして、お金がない人でも受けられる病院を貧困区に建てる。
──これで、案はかたまった気がする。




