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13-1.幕間④ 愚者の転落

「なに? 輸出額に比べて輸入額が高い? それもあの学園都市と農業しか取り柄のないデラスランド公国相手に?」

 バウムガルデン王国では、財務大臣から報告を受けた女王アレクサンドラが眉をつり上げていた。

「はっ、そ、それが最近かの国の新しい商品の開発がめざましく……。まずは、砂糖です。『甜菜糖』という新しい砂糖を発見したようで、我が国より安価な『甜菜糖』のほうがよく使われるようになっており、輸出量が減っております。また、子供用の本にあたる『絵本』、化粧品に『冷蔵庫』……」

「『冷蔵庫』? それはなんだ」

「はっ」と財務大臣が頭を下げる。

「最近、料理が美味しくなったのはお気づきでしょうか……?」

「ああ、料理長が替わったのかと思っていたのだが、違うのか?」

「はい。デラスランド公国で新しい食品の保存庫、『冷蔵庫』が開発されまして、我が国にも輸出されてきているのです。その保存庫の性能がとても良く、生の肉を一ヶ月ももたせたりするのです……! それを聞いた料理長が、ぜひ、女王陛下にはこれを用いた料理を食べていただきたいと願い出まして……。財務大臣として私が許可した次第でございます」

「……なるほど。食べ物が美味しくなるのはわたくしもやぶさかではないから、それは不問にいたそう。それで、まだ他にあるのか?」

「女王陛下におかれましては、最近、入浴や洗顔後に、『化粧水』を使っていただいているかと思われますが……」

「あれもそうなのか?」

 財務大臣が頷く。

「はい。王配殿下が、これで女王陛下の玉の肌の美しさが保てるなら惜しくないと、いくらでも買えと……。それに、貴族から裕福な商人まで輸入品を買い求めておりまして……」

「……エドワルドが……私の肌を……。ん……なら、しかたがない、か……」

 コホン、と咳払いをしながら、白い頬を朱に染めてアレクサンドラ女王が頷く。

「あとはなんだ。ピアノの神童と呼ばれる才媛が現れたそうじゃないか! 各貴族たちがあの少女をあちこちの社交界のパーティーに呼んでいると聞く。あれは確かデラスランド公国の出身だったか?」

「はい。デラスランド公国の有名な芸術家一家の娘にございます。貴族たちは、彼女を呼ぶのにもまた、たくさんの金を払っているとか……」

 はあぁ、と、アレクサンドラ女王は大きなため息をつく。

「それら全ての発明のもととなったのは、かのバーデン卿の娘御のアンネリーゼさまの発案なのだそうでして……」

「なに?」

「その、ピアノの神童の少女も、アンネリーゼさまが発案したピアノがなければ才能を発揮することはできなかったと明言しているのだそうです」

「…………」

「…………」

 そこまで聞いて、沈黙が部屋を支配する。

「あと他にもご相談ごとがございまして……」

「なんだ!」

「王太子殿下と、その婚約者サラサさまの出費が経費の範囲を大幅に超えておりまして……」

「……ああ、それだ」

 アレクサンドラ女王が赤い唇をにぃっと笑みの形にした。

「家族を揃えよ!」


 ◆


 そうして集められたのは王配エドワルド、カール第二王子、エリアス第三王子、ビアンカ第一王女、そしてアレクサンドラ女王の五人である。

 王太子カインの姿は室内にはなかった。

「……カインを廃嫡する」

 アレクサンドラ女王のその言葉を皮切りに家族会議は始まった。

「え? それはどういうことです?」

 カインがダメなら次に王太子になるであろう、カール第二王子が困惑した様子で女王に問いかける。それに対して、違う違うと手を振って女王が応えた。

「そなたは、かの軍事大国ハイデンベルグと領土を接する辺境伯の長女と婚約が決まっておるであろう。アレも重要だ」

 チェスの駒のように、そうあれこれと婚約者を変えられるのも、される側としては心が追いつくものでもない。既存の婚約に変更がないことを聞いて、カール第二王子はほっと胸を撫で下ろす。

「ではお母さま、他に誰が……」

 ビアンカ第一王女が口にすると、全員の視線がエリアス第三王子に集中する。

「え……私、ですか?」

 エリアス第三王子は、第三王子とはいっても、カール第二王子と双子の兄弟であるので、同い年の十六歳である。

「……王太子となって、アンネリーゼと婚約してもらう。カインが王太子であることが重要なのではなく、アンネリーゼが王太子の妃になることが我が国にとっては重要なのだ。知性、品性、心根。全てが将来の王妃にふさわしい人材だ」

「……え!?」

 家族全員(カイン除く)絶句である。

「お母さま、どういう……」

 指名されたエリアス第三王子も困惑している。兄を押しのけて立太子しろとの命に重ねて、国を出たアンネリーゼを取り戻せという無茶振りだ。

「そんな無茶振り……」

「無茶か?」

「無茶です」

 母の問いに息子が答える。

「ではいい方を変えよう。……嫌か?」

「……」

 その問いには、エリアス第三王子はすぐには答えられなかった。


 ◆


「おねえさま!」

 幼い少年が、王宮の庭で少女を待ち受ける。

「こんにちは、王子さま」

 笑顔で答えるのは、少年のふたつくらい年上の少女。母親が従姉妹同士、かつ少女が王子たちと年が近かったこともあったので、少女はよく王宮に呼ばれていた。

「はい、おねえさま。きょうは、はなかんむりを、つくったの」

 王宮の花園で、少年が手作りした花冠を少女に手渡す。

「ありがとうございます……」

 そういって、手を伸ばそうとする少女を少年は言葉で制する。

「まって、ぼくが、やる」

 すると、少女は身長に無理がないように軽くしゃがんで頭を下げる。

「……ほら、おひめさまだ」

 頭に載せられた花冠にそっと触れて、少女がほんのりと微笑んだ。少年は、まるで彼女は花のようだと思った。

 それが、自分の初恋だったと知ったのは、エリアスが八歳の時だった。

 兄の王太子カインと、アンネリーゼ、例の少女が婚約したのだ。兄の横に並ばされたあの「おねえさま」がアンネリーゼだったと、初めて知ったのだった。

 ──初恋は、自覚すると同時に失った。

 失恋だった。


 ◆


「どうだ? エリアス。嫌か?」

「……いいえ」

 その場にいた全員がエリアス第三王子を凝視する。

「……そのお役目、しかと承らせていただきます」

 覚悟を決めた瞳で、エリアス第三王子が頷いた。

「よくぞいった」

 アレクサンドラ女王は満足げに笑った。

 エリアス第三王子はチラリとアレクサンドラ女王を斜め見る。

 そっと伺い見ながら、憎々しげに思う。

 ──どうせ知っていたんだろう。私の想いなんて。

 悔しいけれども、最大のチャンスがやってきた。確かに、まともな理由もないのに婚約破棄をするなどと、分は悪い。だが、誠心誠意謝り、そして、子供の頃からの想いを懇切丁寧に伝えれば──。

 エリアス第三王子がそんなことを考えていると、ニヤリ、と赤い唇が笑う。

「手土産を、用意してやろう」

 赤の女王が動いたのだ。


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