12.令嬢、弟妹と菓子を作る
冷蔵庫の発明で、食糧事情が良くなってくると、今度はもっと良い環境が恋しくなる。
──人間って貪欲。
甘いものが食べたーい!
この世界、甘いものがない。正確にはないわけではないけれど、高すぎて手に入らない。
前は王太子の婚約者という立場があったから、たまには体型を崩さない程度に食べることはできたものの……。
しかし我が家はいまやしがない男爵家。高価な砂糖など買うことは滅多なことではできないのである。
──でも、エルマーやアルマに、美味しいお菓子を作ってあげたいよね。
前世ではお菓子作り好きだったなぁと思い出す。クッキーにパウンドケーキ、チーズケーキに、夏場ならゼリーも良いよね。
うーんでも、砂糖って確か、前世ではいろんなものから作られていたよね? サトウキビから作られる、いわゆるきび砂糖とか、甜菜から作られる甜菜糖とか。
というわけで、そういうときはエッドガルドさん。家に呼んじゃいました。
「砂糖……ですか?」
「そうなの。弟や妹たちに、甘くて美味しいお菓子を気軽に食べさせてあげたくて、砂糖ってなにからできているのかしら、とか、それに替わるものってないのかしら、って考えたのよ」
すると、エッドガルドさんは「なるほど……」と感心した様子で頷いていた。
どうしたのだろうと尋ねてみると、エッドガルドさん曰く「思考停止してました」なのだそうです。
「砂糖は高いもの。だから仕方がないそう思ってましたよ。商人なのにダメですねえ」
そういいながらエッドガルドさんが後頭部をかく。
「ちなみに今普及している砂糖って、どんなものが原料なの?」
そう尋ねてみたら、「バウムガルデンの南部で採れる、キビを原料としたキビ砂糖です」とのこと。
うーん。バウムガルデンだけだと、それは輸入品だから、余計に高くなるわよね……。
「蜂蜜も、採取が難しいから高価だしね……」
「そうなんですよねえ……」
「この国にはメイプルシロップってないの?」
「ああ、あれも高いですよ。ハイデンベルグの北部でしか生えていない樹木から採取するので、結局我が国では輸入品扱いですねえ……」
「甜菜ってないの?」
「テンサイってなんでしょう?」
──おっと、危ない。ないのね。じゃあちょっと話を作ってっと……。
「前にバウムガルデンにいたときに、甜菜っていうこういう白い根菜から、甘い汁が取れて、それを煮詰めると砂糖になるっていうのを読んだのよね……。それがね、北部の寒い山間地帯でも採れるって書いてあったから、デラスランドの山間地でも栽培できないかなぁって思って」
「うーん。きいたこともありませんが、もしかしたら博識なアンネリーゼさまのこと。かなり昔の古文書かなにかの記述だったのかもしれませんね……」
「そ、そうかも……」
──よ、よかった。良い方に取ってくれたみたいだわ。
「ちなみに良かったらもっと詳しい情報を教えて下さいませんか? そうしたら、ちょっと似ている作物をあたってみますよ。あ、いや。まだ作物として扱われていない植物のほうがいいのかな……」
商人魂に火が付いたのか、エッドガルドさんがやる気になったみたい。
「ええと、ダイコンのような、カブのような、こういう葉が茂っていて根が白くて丸くなる白い根菜よ」
「……随分詳しく書いてあったんですね。それは存在していると書いてあった記述の信憑性は高いですね」
──う、なかったらどうしよう。
なんて心配は無用でした! ありました! 甜菜! まんま甜菜でした!
見つけてきてくれたエッドガルドさんの人脈なのかしら、捜索力なのかしら? どっちにしても凄いわ!
「いくつか候補があって、汁を搾って煮詰めてみたんですね。そしたら、これが綺麗な砂糖になりまして」
そういって、甜菜を見せてくれる。ちなみに、まだ一般的に名前は付けられていない植物なのだそうだ。
「名前はどうしましょう?」
「うーん。書物にあったとおり、甜菜っていうのはどうかしら?」
「ええ、覚えやすくて良いでしょう」
エッドガルドさんが命名を気に入ってくれたから良しとしましょう。
そうして、とある地方で大量に自然繁殖していたものを、寒い山間地の畑に持ってきて、試しに育ててみたら、見事に育ち、種もたっぷりと採れた。
次に、その種と、自生していたものの種の両方を撒いて、かなり広めに畑を作ってみた。山間地なので、段々畑のような見た目に開墾された地区が広がって壮大だった。
また嬉しいことに、繁殖力が凄く、数ヶ月で育ち、種を付け、また涼しければ栽培可能なのだ。
豊かに実った甜菜は、あっという間にデラスランド公国のみなが甜菜糖を口にすることができるようになるどころか、輸出も可能な量にまで生産量が増えていた。
そうして我が家では私とお母さまと、エルマーとアルマで、型抜きクッキー作りを楽しんでいた。
型抜きの型があるのかって?
もちろん、エッドガルドさんに作ってもらいました!
「ボクはクマさん~」
「わたしは、ウサギさん~」
エルマーとアルマが、それぞれ動物型の型抜きから好きなものを選んでいく。
「私はネコかしら?」
私はネコの形の型抜きを選ぶ。
「じゃあ、お母さまはイヌにしましょう」
そうして各々思うままに型を抜いていく。
そうしてオーブンでクッキーを焼くと、部屋中にあまぁい匂いがただよってきた。チンッと音がして、焼き上がったことを知らせると、お母さまがエルマーとアルマが届かない高さの台に、まだ熱いクッキーをオーブン用のトレーごと置いて冷ます。
「あの子たちがお菓子を食べられるのも、あなたのおかげね。……ありがとう」
お母さまが私の頭を撫でる。そうして子供のようにされるのは、王宮に召し上げられて以来だったので、なんだか懐かしく、くすぐったく感じてしまう。
「なにを笑っているの?」
お母さまが尋ねる。
「ううん。なんにも」
私は、ふるふると首を振って答えた。
「変な子ね」
お母さまもクスリと笑う。
そうして、やがてクッキーが冷めたんじゃないか、もう食べたいとエルマーとアルマが騒ぎ出す。
「じゃあ、みんなでクッキーと一緒にお茶にしましょうか」
お母さまの声を合図に、双子たちが合唱する。
「「やったぁ!」」
私は幸せな空間にいられる今を、とても大切に思うのだった。




