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5-6.

 そうして、一ヶ月ほどのときが過ぎた。

 そんなある日、エッドガルドさんから、絵本製作に関して会いたいとの連絡が来た。作ったばかりのできたてほやほやの品のできばえを見て欲しいとのことだった。もちろん私はふたつ返事で了承した。

 やってきたのは、エッドガルドさんと、絵師がふたり、文字起し担当のふたりの、合計五人だ。

 手紙での申し出の時点で、それぞれふたりずつというのが気になって、私は不思議に思って首を傾げた。だから、そのまま返事の手紙で尋ねてみたら、絵本は平民の子供向けと貴族の子供向けに分けるのだそうだ。それによって品質と予算を分ける。ただし、内容は変らない。

 それで、ふたりずつ、と相成ったわけ。

 私はやっと納得がいって、合計五人で来ることを了承したのだ。

 応接室に彼らを招いて、ソファ付きのテーブルを六人で囲む。

 すると、さっそくとばかりに、エッドガルドさんが絵本を二冊取りだし、テーブルの上にそれを並べた。そして、絵描きと文字起しの二人ずつを紹介される。

「こちらが貴族や富裕層向け、こちらが一般的な平民向けです」

 そうして並べられた本は、ぱっと見ても、対象は明らかなものだった。

 貴族用や富裕層向けに作られたものは、表紙の装丁に金銀で細工が施されている。紙も真っ白でなめらかな手触りのもので、手に入るものの中でもっとも高価なものを使っているらしい。

 そして、イラストの顔料も鮮やかだ。貴重な青の顔料なども惜しげもなく使って絵師が仕上げたらしい。

 それとは対照的に、平民向けの絵本はざらりとしたさわり心地で、いっては悪いが、紙の質が良くない。当然、きらびやかな装丁などなかった。顔料もごくごく限られた色である。

「貴族や富裕層は、高いもの、貴重なものを持っていることに誇りを持ちます。ですから、いくら子供向けとはいえ、このように装飾を施したほうが興味をそそられるだろうと思ったのです」

「なるほどね」

「そしてこちらは一般的な庶民用です。こちらは、絵や文字を除いて、徹底的にコストを抑えることを目標にして作りました。できる限り値段は抑えたのですが、彼らは大人ですら本なんて買いません。ですから、どう売り込むのかが問題ですね……」

 さすがは貴族向けの商品も庶民向けの商品を扱う商人であるエッドガルドさん。私のアイディアだけで、それぞれふたつの商品を考え出してくれたのだった。

 富裕層向けは、売り出せば簡単に普及できるだろう。彼らは新しいもの、珍しいもの、貴重なものを欲しがるからだ。しかもそれが、子供の教育に役に立つとなれば、こぞって手を伸ばすことだろう。

 ただし、問題は庶民向け。彼らは読み書き計算ができないことすら普通にありうるのだ。親がそういった人だった場合、この絵本を子供のために手を取るだろうか。

「うーん。私は両方作ってくれたことが嬉しいんだけれど……庶民向けの本は買ってもらうのに難儀しそうね」

「そうなんですよねえ……。私はもともと貴族出身なので、読み書き計算に困ることはないのですが、庶民出身で商会に勤めるものなどでそれができるものはおりません。そうすると、賃金も安く、身体を使った重労働ばかりをこなすことになりがちです。そうしたものは、仕事に耐えかねて仕事を辞めてしまうものも多く……。でももし、この本で最低限の文字を学ぶことができれば、そうした不幸は起きないんじゃないかと思うのです」

 エッドガルドさんは、そういった勤め人を雇用者としての立場から見てきたのであろう。悲しげで憂えた表情で事情を語る。

「そうした抜け出した人はどうなるの?」

 私はエッドガルドさんに尋ねる。

「そうですね。職がなければ非合法なことに手を染めるしかなくなります。男性ならば追い剥ぎや、商家の荷馬車を狙う野盗。女性ならば街に立って……」

「それはだめよ!」

 エッドガルドさんの言葉を遮って、私は叫んだ。

「全ての親が買えないのがそもそもの問題よね。ねえ、エッドガルドさん。この国では、庶民向けの学び舎はないの?」

 ちなみに、前のバウムガルデン王国では存在しなかったけれど。万が一……と思って尋ねてみたのだ。

「ありますよ。教会が門戸を開いて、教会で面倒を見ている子や近隣の子供たちを集めて、週に何度か、基本的な読み書きを教えているはずです。確か、今の公主さまになられてからですね」

 すると、今の公主さまの発案ってこともありうるのか……。子供に教育を施すということは、将来に向けて投資するのと同じことだ。

 最低限の読み書き、計算ができるだけでも、彼らが将来職にあぶれず、まっとうに生きていける可能性は高いだろう。施政者の目から見れば、犯罪者を減らすというこうかもあるはず。

 まあ、そもそも公主さまの発案なのか、そしてそこまで考えての施策なのかは、憶測に過ぎないけれど。

「──ということは」

 私が口を開くと、エッドガルドさんがぱっと顔を上げる。

「まずは富裕層向けのものを量産して、それで売り上げを稼ぎましょう。そうしたら、私の取り分で庶民向けのものを買い取って、学び舎を開いているという教会へ寄付しにいくわ」

「え……じゃあ、お嬢さまの取り分は……」

 ないに等しいじゃないですか。といいかけて、エッドガルドさんは口をつぐむ。

「だって私、この国で稼ぐためにやってきたのではないのだもの。まあ、結果として稼げるのは良いとしても、それは貧しく苦しんでいる人のために還元するわ。それがノブレスオブリージュというものよ」

ノブレスオブリージュ、それは「高い社会的地位には義務が伴う」と意味だ。お父さまが国を変えて、爵位こそ伯爵家から男爵家に落ちたものの、私はこの国の貴族の子女なのである。ならば、この国の治安向上のために動いても良いだろう。

「エッドガルドさんは、まずは富裕層向けの品をある程度の数作ってちょうだい」

「それをどうするんですか?」

 私はにっこりと笑う。

「お母さまに手伝ってもらうの」

 そう。女性たちの社交といったらお母さま。そしてさらに、エルマーとアルマにも手伝ってもらいましょう。

 私はひとりほくそ笑むのだった。


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