5-5.
「エッドガルドさん、ひとつ提案があるんですけれど」
私は絵本に夢中なエッドガルドさんに声をかけた。
「あっ、はい!」
慌ててエッドガルドさんが顔を上げる。
「もちろん、この本の製作にかかる人件費や工費と、商会の取り分も取ってもらって構わないわ。その条件で、この絵本の作成をエッドガルド商会に一任することは可能かしら?」
──面倒ごとはエッドガルドさんに丸投げしちゃえ!
私がそんな風に思っていると、エッドガルドさんの顔にみるみる喜色が浮かんでくる。
「これの製造をうちに任せていただけるんですか!」
ガタン、と音を立ててエッドガルドさんが立ち上がった。
「おいおい、エッドガルド。興奮しすぎだぞ」
見かねたブランデンブルグ卿が、軽く彼を窘めた。
「ああ、そうだ。仕事をお願いする代わりに、ひとつ優先して欲しいことがあるの」
「……それはどういう?」
エッドガルドさんが腰を下ろしつつ、首を傾げた。
「この事業に関わる人は、なるべく生活に困窮している人を優先して欲しいの。例えば、絵を任せるのには、支援者を得られないけれど絵師を志している人を。それから、文字書きには、学者や役人を目指しているけれど、やはり支援者を得られず困窮している人とか。本を糸で綴じる製本は、貧しい家の女性たちの内職にするとか。……これで十分かは分からないけれど、そういった、生活に困っている人に仕事が行き渡るように配慮をして欲しいのよ」
私の言葉を、じっと私を見つめながらエッドガルドさんが聞いている。
──ちょっと、そこまで食い入るように見つめるのは不躾だから!
そう思って、私がいい終えて視線を下げようとしたとき……。
「お嬢さま、あなたは神に使わされた天使ですか?」
真顔でエッドガルドさんが私に尋ねた。
「「ぶはっ」」
それを横で聞いていた、お父さまとブランデンブルグ卿が吹き出して笑っていた。
「おい、バルタザール! お前の娘には、『青き宝石』の他に『神に使わされた天使』の二つ目の呼称まで付いたぞ」
「こら。ライナルト、ここは茶化す場面じゃないだろう」
砕けた調子で、お父さまがブランデンブルグ卿をファーストネームで呼んで窘める。
そして、一呼吸置いてから、お父さまが私に目線を送る。
「ああ、エッドガルド君。娘はね、この国に入ったとき、ちょうど馬車の中から貧民街の配給の様子を見かけたんだよ。それを憂えていてね」
「はい。この絵本製作で生まれる私の取り分も、できれば配給をしていた教会に寄付をさせていただこうと思っています」
「……天使が……本当にいたんだ! ……天使さま、私はあなたさまのために最大限の利益を生むよう頑張ります! そうすれば、天使さまの望む困窮者のために還元できるんですよね!」
「あ、えっと。私のことは普通に名前で呼んでくださった方が嬉しいわ」
そういう私の顔は引きつっていたに違いない。
「アンネリーゼ、さま……」
天使、天使と連呼するエッドガルドさんは、私の求めどおり名前を呼んでくれた。だが、その目は、すでに尊いものでも見るような敬慕の念に満ちている。
──ちょっと待ってよ! 私はただの十八歳の小娘なんですから!
あー。ま、まぁ正確に言えば、アラフォーで前世を終えたから、足せば五十代ですけど……。
自分の実年齢をこっそりと計算してみて、ため息が出た。
「アンヌ。どうかしたのかい? なにか条件に不満でも?」
私がこっそりとため息をついたのを、お父さまが気に留めたようだ。
「いいえ、なんでもありません。エッドガルドさん、絵本製作に関する細かい事柄はあなたにお願いしてしまって良いかしら?」
──要は、「あなたに丸投げします」宣言だ。
しかし、すでに私の信奉者になってしまった様子のエッドガルドさんは、壊れたおもちゃのように縦にぶんぶんと頭を振るばかり。
──あ……丸投げ、オッケーなんだ……。
「ぜひ、エッドガルド商会をお使いください! あなたさまの考えた絵本は、きっと我が商会にもアンネリーゼさまにも利を生みます。いいえ、してみせます!」
あ。さすが商人。どんなに心酔していても、利益の部分はしっかり考えているのね。さすがは若手でも商人。ブランデンブルグ卿に推薦されるだけあるってことなのかな。
そうして無事会見は終わり、エッドガルドさんを中心とした絵本製作が始まるのだった。




