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3.幕間① 愚者の悦楽

 アンネリーゼを王宮から追いだしたあと、サラサは満足げに、未来の王太子妃のための部屋、かつてアンネリーゼが寝起きしていた部屋を眺めていた。

 ──この部屋が私の部屋になるのね。

 壁紙や絨毯、カーテンもモスグリーンだなんて地味な色合いだから、全部可愛らしいピンクに変えてもらおうかしら。ベッドの寝具も、シルクのピンクの生地なんかが、私には似合うわよね?

 そうして、部屋を見回していると、クローゼットが目に入った。

「ここには、これから殿下に贈ってもらう、ドレスや宝石なんかがぎっしり入るのよね……!」

 だって、私は「聖女のための協奏曲(コンツェルト)」の愛されヒロインだもの!

 「聖女のための協奏曲」、それはサラサがいた世界で女性のゲームユーザーに人気だったものだった。ちなみに、同郷であるアンネリーゼはそのゲームについて知らなかった。

 サラサはワクワクしながら、クローゼットの扉を開く。すると、すでに色とりどりのドレスが吊り下げられ、さらに、たくさんの宝石箱らしきものが納められていたのだ。

「きゃあ! これって殿下からのサプライズ!?」

 吊り下げられたうちの一着を取り出して、サラサは自分の身体に当ててみる。

「……ちょっとなにこれ。これじゃあ、私のウエストじゃあ入らないじゃない」

 お腹に子供がいるとはいえ、まだそうとはわからない状態のサラサ。それでもウエストが明らかに合わないことに、彼女は怒りに顔をゆがめた。

 そうしてみてみると、ドレスたちと一緒に、下着として身につけるコルセットが吊り下げられているのを発見した。

「はぁあ!? なにこれ。こんな細く絞るなんて無理よ!」

 それらのドレスは、貴族令嬢として生まれ育ち、幼少期からコルセットを身につけ、細いくびれを作るのが常識だった令嬢──アンネリーゼのお古だった。サラサに部屋を与えるにあたって、女王が帰ってくる十日後までに、ドレス類まで新しく大量に新調するのは無理だ。

 そのため、アンネリーゼが送り返したドレスや宝石たちを、サラサのためにとクローゼットに収めたのがそれらだったのだ。

 だが、コルセットなどなしに自然に育ったサラサには、いまさらそんなサイズダウンは無茶な話だった。

 ちなみに、下着すらお古ということも気付いていないのだが……。

 ──男女の関係まで持った間柄なんだから、それくらい気を利かせなさいよ!

「ふざけないでよ! この国の女性のウエストのサイズってどうなっているのよ! 全く……! あ。子供に悪影響があるからっていって、侍女たちにいって、針子たちに全部サイズを調整させてしまいましょう」

 そういいながら、自らにあてがったドレスを乱暴にクローゼットの中に戻す。

 サラサは、気を取り直そうと、宝石かなにかが入っていそうな、色とりどりの重厚そうな箱に手をつける。

「まあ! なんて綺麗なの!」

 しかしそれらも、かつてアンネリーゼに贈られた宝石類だった。さすがに、女性を飾るための宝石類を十日のうちにいくつも用意するほど、王太子に予算はなかった。だから、ドレス同様、王太子がアンネリーゼから突き返されたものをそのまま収めたのだった。

 エメラルドやサファイア、ルビーにダイアモンド。蓋を開けると、色とりどりの宝石たちが姿を現わした。特にエメラルドが多いのは、王太子の瞳の色に合わせてのものだろうと、サラサは推測する。

 さっきまでのサラサの怒りが収まっていく。

「もう、こんなに王太子殿下の瞳の色と同じグリーンの宝石がいっぱいだなんて……。今からこんなに独占欲丸出しなんて、私困っちゃうわ~!」

 悦に入るサラサ。けれど、それらは全てお下がりなのだが、当人は知るよしもない。

 それはそうである。結婚直前までともに婚約状態にあったのだ。ドレスも宝石もグリーンが多いのは当然だろう。……お古なのだから。

 そんな事情も知らないサラサは、宝石たちを全て確認し終え、ひときわ目を引く、一番大粒のエメラルドが中央に飾られたネックレスと、揃いのイヤリングを身につける。そして姿見にそれを身につけた自分の姿を映し出して悦に入る。

 それが済むと、再び部屋を物色しはじめた。すると、小難しそうな文字が背表紙に綴られた本がぎっしりと詰まった本棚が目についた。

「これは邪魔ね」

 粗雑に背表紙の上部に指を引っかけて、バサバサと貴重な本たちを床に落としていく。それらは妃教育の合間に読むためにと教師たちが揃えたものだった。

 ちなみにこの世界、あちらのゲーム女子に都合が良く、理解しやすいようにと作られているので、紙製である。「貴重な羊皮紙の本が!」とならなかったのは、不幸中の幸いだろうか。

 そして、本題のサラサに戻る。彼女は、空になった本棚を眺めていた。

「どうせなら、ここには綺麗な宝石箱や、ぬいぐるみを飾りたいわ」

 足下に散らばった本たちを興味なさげに一瞥する。

「せっかく『聖女のための協奏曲』の世界に来れたんだもの! 推しの王太子は私にメロメロだし、騎士団長の息子に、私を養女にしてくれた家のお義兄(にい)さま、神官長の息子、学園の教師も、ゲームのハーレムルートどおり、みーんな私の虜。でも私は王太子殿下を選ぶの。なんて罪深い女……っ!」

 ぼふっとベッドの上にうつ伏せに飛び込んで、枕を抱えてごろごろと身もだえる。

「悪役令嬢のアンネリーゼはどうなるのかしら? ゲームでは国の大事な聖女である私を虐げた罪で、ひとり、国外追放になるのよね……あ~かわいそ!」

 可哀想といいながら、抱きしめた枕にとびきりの笑顔を押しつける。

 枕に押しつけた顔は笑っている。あのゲームのハーレムルートの結末では、ひとり国外追放にされたアンネリーゼは、自棄になって禁呪を使い、私たちに復讐しようとする。それを、私を愛した全攻略対象たちと私自身の手で倒されるのだ。

 なんだか、想像と違って、本人はなかなか私を虐めに来なかったから、一部自作自演をするハメになったけど。おまけに、断罪の場に彼女の父親が怒りを露わにしながら現れて娘を連れ帰った様子だったのも想定外だったけれど、結局家の恥となる娘を放逐するに違いない。

 ──きっと、ハーレムルートのエンディングどおりになる。

 だって、ここはゲームの世界なんだもの。ゲームと同じ結末になるのがふさわしい。

 ゲームの中ではヒロインがハッピーエンドを迎えて終わりだ。そして、サラサは自分が「聖女のための協奏曲」の世界のヒロインと同じ状況で異世界転移してきた。

 稀な「招かれ人」として、聖女とあがめられ、すぐに貴族の養女に迎えられた。光魔法の才能があることもわかり、教会も私の後ろ盾となった。

 そして、狭い学園の中では、ただただ彼女の思惑どおりことは進んだのだった。

「前の世界のパパもママも大っ嫌い! ゲームばかりしていないで勉強しなさいとか、私の顔を見れば『勉強しなさい』ってそればっかり! でも、私はこのキラキラなゲームの世界で愛されヒロインとして生きるのよ!」

 王太子殿下は、女王陛下が戻ってきたらふたりの仲を報告するといっていた。

「これで邪魔者は消える! ハッピーエンドよ!」

 けれど、彼女は気付いてはいなかった。

 この世界はゲームではなく、生きた人間が生活する世界であること。

 ゲームの中では語られなかった人々の思惑があること。

 ハッピーエンドの先にも人生は続くということ。

 そして、一番の想定外なこと──彼女が異世界転移者であるように、アンネリーゼが異世界転生者であることを。


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