M氏の陰謀
この物語は完全なフィクションで、いかなるモデルも存在しません。
「ホッホッホ、どうやら大成功だったようですなあ」
身長が2m、異様に顔の大きなM氏が背広を着こんだ数人の来客たちを出迎えた。
「恐れ入ります。最初はどうなることかと思いましたが、無事に使命を果たすことができました。最後は誰からも愛されるようになりまして」
そう言って笑顔を浮かべたのはテレビでもよく見かける自治体の指導者・その①だった。
「立ち話もなんですからこちらへどうぞ。酒と魚も用意してあります」
M氏がテーブルに誘導すると、そこに日本酒やテキーラ、ウォッカ、ウィスキー、紹興酒などと共にタコやイカのぶつ切り、ナマコにクラゲ、ヌタウナギなどの新鮮な海産物が生のまま皿に盛られており、ツヤツヤとした光を放ちながらウネウネ動いていた。
ここは大都市の真ん中、地下300mに作られた広大な空間で湿度は異様に高かった。
そのため薄暗い照明の中でも背広を着た来客たちが汗を流しているのが見て取れた。
「ホッホッホ、ではプロジェクトの大成功を祝して乾杯しましょう」
来客たちが着席するやM氏は大きなビールジョッキにあらゆる酒をそそぎ、それを高々と振り上げた。そしてチャンポンにされた酒を顔の真ん中に付けられたチャックを開げて流し込んだ。
途端にピチャピチャと音がし、M氏の顔全体がボコボコと動いた。
その様子を見た来客の中には用意してきたゲロ袋の中に激しく戻す者もいたが自治体の指導者二人はまったくの無表情で、手酌でジョッキにブランデーを注いで乾杯をした。
「世界中で断られたこの難しい仕事をよく引き受けてくださいました。ホッホッホ」
M氏が今度はバケツに入った大量のヌタウナギをチャックが開いた穴に放り込みながらそう言った。そんなことをしながらどうやって話せるのかといえば胸に付いたイベントのシンボルマークからAIの音声を流しているのだった。
「実は最初はけっこう難しかったんです」
ゲロ禍から立ち直った大学の教授と思しき人物が、日本酒を一気飲みしてM氏に答えた。
「生物には神経美学(Neuroaesthetics)や進化心理学の分野で、種の特異的な美的感覚(Species-Specific Aesthetic Preferences)があるとされ、ダーウィンが提唱した進化論でも性的選択(Sexual Selection)が述べられています。つまり生物には種ごとに進化的言語感覚というものがあり、人間とかけ離れた形態を持つ生物には通常嫌悪感を持つのです」
「なるほど。それが我々だったと」
M氏が笑ったのか顔全体がリズミカルに上下運動をした。
突然自治体の指導者・その①が無言で立ち上がって銀製のお盆で教授の頭をスコーンと叩いた。
「ハハハ失礼、しゃべり過ぎましたかな」
「ホッホッホ、全然かまいませんよ。そこは興味深いお話です。ぜひ続きを……」
Ⅿ氏は自治体の指導者を止め、教授に話を続けるように即した。
「特にMさんのように本体は頭と、長く伸びた神経に繋がった尻尾のみ。可動部は他の生物に寄生して乗っ取るというような形態の場合には、その拒絶感は大きくなります。ですが、この国には異形を包括する妖怪文化と可愛のは正義という文化というものがありましてね。そこに、ベビースキーマ(Kindchenschema)効果をかぶせると子供が受け入れてくれるんですよ。そして子供が容認したものには大人も好感を抱くものですから」
教授は得意げにそこまで話すと、タコのぶつ切りを爪楊枝にさして口に運んだ。
人類が地球を監視する存在に気づいたのは数千年も前の話だが、21世紀に入ってすぐに彼らが米国と国連の関係者に、コンタクトを取ってきた。
使節団を載せた数千隻もの宇宙艦船が地球にやって来る、2030年までに一般人にもその存在を隠さずに伝えよという内容だったが、ここで大きな問題があった。物語に度々登場するグレーと呼ばれる宇宙人などとは違い、彼らの容姿はあまりにも奇怪過ぎたのだ。
そこで目を付けられたのが特異な文化を持つ日本だった。
2018年の11月、当時一期目であったトランプ大統領からの要請により、日本が国際的な大規模イベントを開く際に、さりげなく異形の宇宙人の広報活動をすることになった。
「あの時は『なんだこの不気味なキャラは?』とかなり叩かれたんですが、そこは近県でも角が生えた奇妙な『とっちゃん坊や』さえ受け入れた日本ですから、時間がたてば愛されるようになるだろうと踏んでいました」
最初の挨拶以来、発言を控えていた自治体の指導者、その①が口を開くと、同じく自治体の指導者その②も「私自身も対応は適切だったと考えております」と後に続いた。
「ホッホッホ、では2030年迄には私が一般人の前にこの姿を現しても大丈夫ですね?」
Ⅿ氏が来客者たちに尋ねながら顔にかぶっていたラテックス製のお面を取ると、中から目玉だらけの巨大な顔が姿を見せた。
かなりの醜悪さだが、自治体の指導者達は見慣れているようで無表情で頷いたが、先程の教授は賛同できないようで、嘔吐を堪えながら「私は生物学的に無理だと思いますけどね」と呟いた。
「ホッホッホ、教授にはまだ耐性はできていなかったようですね」
Ⅿ氏はそう言いながら幾つもある自分の目玉を一つくり抜き、長く伸ばした手で素早く教授の後頭部に貼り付けた。
途端に教授は激しく痙攣を起こしたが、数秒で立ち直り「マ、マクマク、マクマク」と言って焦点の定まらない目で笑った。
「教授に対するマクマク細胞の脳髄移植ほどの効果はありませんが、すでにイベントの来場者にはマクマク・ウィルスの粉末をスプレー済みなので、彼らには耐性ができているはずです。ただ同じ人が何度も訪れているようなので、実質的には1千万人ほどでしょうか。今後は感染した来場者からの罹患が待たれるところです」
自治体の指導者・その①がちょっとすまなそうに言った。
「ともあれマクマク・ウィルスを練りこんだグッズはインバウンドにも好評でした。世界中の人間が耐性を持つのも時間の問題でしょう」
自治体の指導者・その②が補足した。
「そうですか。ホッホッホ、これからもよろしく頼みますよ」
M氏がそう言って締めくくると、教授を含む全員が首を1mほど伸ばして「マクマク、マクマク~」と唱和した。
おしまい。




