第五話・・・スモッグ
ハイオクは何がおかしいのか半笑いでやってきた。多分、今日は奥に彼女が来ているんだろう。片手で盆を支えているためバランスが悪く、大きな体をクネクネさせている。その体勢のままにやにや笑っている。
「おい、笑うな。」尻を出し、左右に振る馬鹿に怒鳴った。
ドカンっとハイオクが目の前に座り、
「あれは手に入ったか?」と促すように聞いてきた。相変わらずにやにや笑っていたので右手を顎に突き上げる。でかい体が団子虫のように丸くなったところで、
「無論だ。俺にかかればざっとこんなもんさ。」と答えた。リュックを軽く叩くとぽんぽんといういい音がした。
「そうか。やっぱりお前頼んで正解だったみたいだな。この手の依頼は俺より得意そうだ。」顎を摩りながら体を開き、ノートパソコンを開き、カタカタと何やら打ち込んでいる。どうやら依頼主に目的のものが手に入ったことを伝えているようだ。その作業をすべてこちらを向いたままこなすとは気持ちの悪い友人だ。
「この手の依頼って、こんなの依頼って言のか。オタクどもから麻雀でアイドルのチケットふんだくっただけだ。」チャックを開け、中身をぶちまける。ライブチケットがざっと三十枚近く。それにポスターと時計、こまごまとした取るに足らないグッズが数点。俺は昨夜、知り合いの部屋を借りて、賭け麻雀をした。賭けたのは向こうはこちらが指定した五龍サキのチケット、俺は最高に間取りのいい自分の部屋を賭けた。真向かいが女子棟で、毎朝女子のしゃべり声で目が覚める部屋だ。運がいいときは向こうからしゃべりかけてくるオマケつき。騒々しいのだけなので早く引っ越したくてしかたないのだが、どいてやるのも惜しい気がして今だに動けない。
その魅惑のリゾートを賭けて俺は連戦連勝。実は役が出来にくいように牌の数を調整したのだ。そこで俺は数の多くなったやたらと簡単な役ばかりを作る。何も知らない向こうは負けが混んでくると出来ない役ばかり作ろうとして更に負ける。後は思う壺。あっという間に全部のチケットを掻っ攫った。
「あれ、チケットだけでよかったのに。」
「馬鹿、少しくらい勝ちすぎただけだ。俺の分の取り分もあるし、それに真由美が、真由美がぶっ壊されたんだぞ。」語気を強め怒りをあらわにしたが、ハイオクはサラっと「また何か壊されたのか。そいつは災難だったな。」と流した。
「全くだ。こんなんじゃなくてパパラッチしないか。このサキとかいうやつのスキャンダルをあいつらの額に押しつけてやりたいんだ。」俺は掲げたポスターで笑う少女を指差し怒鳴った。
ポスターの少女は相変わらず笑ったままだ。数年前に一度だけテレビに出たと思ったらドラマに出ていて、ドラマが終わったと思ったら映画に出ていた。今はだれもが知っている超売れっ子アイドルらしい。まだ14かそこらなのに大変だなあと思う。
世情に疎い俺にはその程度の情報しかない。「まあ、心配するな。今頃あいつらこっぴどくしぼられてるよ。」やれやれといった感じでそう言った。
「どうして?」
「だってそのチケット、御堂のだろ。」当然、といった顔。
「ああ、そうか。」俺は怒る御堂の姿を想像して笑った。怒鳴られるオタクどもの姿も。
俺の上の上の学年。いわば先輩に値するそいつは体格がやけにでかく、したがって声もでかい。たまにどこから仕入れたのか分からないレア物のチケットを大量にさばくので子分もいる。だが、いわいる留年生というやつで、おまけにいつからいるのか分からないくらい長いこと同じ学年にいる。きっと俺らもあの人より先に卒業するだろう。だから俺たちは軽蔑の念を込めて御堂と呼び捨てる。今頃慌ててるに違いない。たかがチケットとはいえこれだけの数だ。去年の春にあいつに殴られた右ほほが勝手に笑っていた。
「で、誰だ。お前に依頼してきた奴ってのは?」こんな依頼は初めてなのでずっと気になっていた。
「ああ、会う?おーい、サキちゃーん、こっち来いよー。」
「は?まさかお前の彼女?サキってまさか・・・。」廊下を走ってくる音が聞こえる。トン、トトッン、ダダダダダダ・・・。
ガツン!
「おい、狭いんだから走るなって何回言えば。」
「ハア、ハア。すいません。私走り出すと思いっきりやっちゃうんです。」
身長が二メートルもある、目の赤い、俺の謎の友人に呼ばれて国民的アイドル五龍サキは現れた。