表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/19

9.一人で歩いても、結局迎えに来るんだな

 最近、街の中でやたらと視線を感じる。


 こっそり見られて、目が合うと逸らされる。だけど全員、決まって女性だ。


(……スキルの影響、強くなってねぇか?)


 レンは眉間を指で押さえて溜め息をついた。


 常時発動型のスキル『フェロモン』。自分の半径五メートル以内にいる全ての“メス”を引き寄せてしまう、というどうしようもない代物だ。


(わかってるよ。スキルのせいだって……けどな、わかっててもこれ、正直キツい)


 今朝、同行していたリズとメルは、別件の依頼で東門方面に向かった。ギルドマスターのガロスが「たまには手分けして行動してみるのもいいだろ」と提案してきたのだ。


(……っていうか、あいつらがいない今のほうが静かで助かる。いや、あいつらに悪気はないのはわかってるけど)


 最近では、リズのほうが露骨に距離を詰めてくるし、メルもどこかで妙にベタついてくる。悪意はない。でも、それが逆に困るのだ。


 そんなわけで、今日は久々の単独行動。軽めの依頼を片づけようとギルドへ向かうと──


「……あ」


 受付嬢のアミナと目が合った瞬間、彼女の頬が赤く染まる。


 視線を逸らしながら、なんでもない風を装うのがかえって不自然だ。


 レンはそっと視線を外しながら、掲示板へと歩いた。


(もう慣れてきたけどさ……こういうの、ほんとに落ち着かない)


 掲示板には、小規模な調査依頼がいくつか貼られていた。そのうちのひとつ──郊外にあるルスの森での小規模な異変報告に目が留まる。


「魔物の活動が増えてる、ね……これくらいなら、今の俺でもなんとかなるか」


 報告を提出すると、アミナは控えめな笑顔で「お気をつけて」と言った。


 その声も少し震えていたのは、やはりスキルのせいなのだろう。


 街を抜け、森へ向かう道を歩きながら、レンは空を見上げた。


 風は少し涼しく、空は高く澄んでいた。


 こんなふうに一人で歩いていると、時折、自分が異世界に来たということを忘れそうになる。


(……でもまぁ、実際、慣れたんだろうな。最初はどうなるかと思ったけど)


 リュミエルの顔が脳裏に浮かんで、思わず舌打ちしそうになる。


 事故死からの転生。天界で待ち構えていた女神リュミエルに、つい冷たく当たったせいで、こんなスキルを押しつけられたのだ。


「“メス全部から好かれる”スキルって……人間性否定してんのかよ、マジで」


 森の入口が見えてきたところで、レンはふと立ち止まる。


 木の陰から、何かがこちらを見ていた。


 目を細めると、小さな魔物──リスのような姿の生き物が、ちょこんとこちらを見上げている。


「……やっぱり来るか」


 レンがそうつぶやくと、魔物は嬉しそうに足元へ駆け寄り、くるくると尻尾を振った。


「お前も“メス”なんだろ。……はいはい、撫でてやるから、落ち着け」


 しゃがんで頭を撫でてやると、リス魔物はうっとりした顔を見せる。


 その周囲から、さらに数匹がぞろぞろと現れ──気がつけば、レンの足元は小型魔物たちに囲まれていた。


「……スキルの範囲って、ほんとブレねぇな……」


 呆れながらも、レンは魔物たちをやさしく追い払ってから、森の奥へと踏み込んだ。


 森の奥は静かだった。だが、静かすぎる。


 レンは警戒しながら歩を進める。すると、ぴたりと空気が変わった。


 気配だ。殺気とまではいかないが、ただの魔物ではない。


「……いたな」


 小さな開けた場所に出ると、そこにいたのは──


 一頭の灰色の狼だった。


 体長は人間の腰ほどで、目は鋭く光っている。周囲には小動物の死骸。毛並みは乱れ、明らかに興奮状態にある。


「お前が異変の原因か?」


 レンは手を腰に伸ばし、短剣を抜いた。魔法のような派手な技はまだ習得していない。今はただ、地道な武器と機転だけが頼りだ。


 狼が牙をむいて飛びかかってくる。


 それを紙一重でかわし、脇腹に刃を滑らせる。


「ッ……!」


 爪が肩を掠め、火花のような痛みが走る。


 だが、引かない。


 一歩踏み込み、狙いすました一撃を、喉元へ──


 狼がくずおれる。


 静かに息を吐き、レンは剣を納めた。


「……ふぅ、スキルに頼らず、やれるってところを見せないとな」


 彼は魔物の様子を観察し、異常な興奮状態がスキルによるものではないと判断する。傷の跡や異変の傾向から、どうやら別の要因──繁殖期の突入が関係しているようだ。


(スキルで引き寄せたにしても、あんな攻撃的になるのはおかしい。ギルドに報告しておこう)


 ギルドに戻ると、アミナがすぐにカウンター越しに立ち上がった。


「お、お疲れさまです、レンさん!」


「ただいま。これ、報告書」


 レンが紙を差し出すと、アミナは受け取りながら、ちらと彼の肩の傷を見る。


「ケガ……大丈夫ですか?」


「あぁ、かすり傷だ。気にすんな」


「そ、そうですか……よかった……」


 レンは軽く頭を掻きながら、カウンターから離れた。


 視線は相変わらず集まっている。が──今日は少しだけ、肩の力を抜いて歩けている自分に気づく。


(まぁ、悪いことばかりでもないのかもな)


 そう思いながら、レンはギルドの扉を押して外へ出た。


 夕日が、街をやさしく照らしていた。


 ギルドからの帰り道。


 石畳の通りを歩いていたレンの前に、ふいに二つの影が現れた。


「──レン!」


 勢いよく駆け寄ってきたのは、栗色のポニーテールを揺らす少女。リズだ。そのすぐ後ろには、腰までの銀髪を揺らすメルの姿もある。


「おかえりなさい、レンさん。思ったより早かったですね」


「ああ。そっちも無事だったか」


 レンはごく自然に言葉を返す。いつの間にか、彼女たちと話すのにも慣れてきている自分に気づいた。


「リズがどうしても、今日中に戻りたいって言うので。走りましたよ、もう!」


「……あたしのせいにしないでよ。レンのこと、心配だったんだから」


 リズがふいとそっぽを向く。その横顔は、どこか照れているようにも見えた。


「ま、オレも同じくらい心配してたけどな」


「それは違います。あなたが一番危なっかしいんです、レンさん」


「メル、お前もな……」


 そう言いながら、三人は自然と並んで歩き出す。


 落ち着いた夕暮れの街に、三つの足音が響く。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ