6.モテスキルは休まないけど、俺たちは休む
冒険者ギルドの依頼を終えてから一晩。初めての推薦依頼、その報酬で――ようやく俺は、自分の寝床を手に入れた。
とはいえ、部屋は町外れの小さなアパート風建物の一室。壁は薄いし、窓の建てつけもガタガタだが……地べたや宿の大部屋よりは、圧倒的にマシだ。ようやく、誰にも邪魔されずに――
「レンさん、起きてますか? 朝ごはん、作りましたよ~!」
「……と思ったのに、お前はどうして合鍵持ってるんだ、メル」
ドアが軽快に開いて、メルが笑顔で突入してくる。
「うふふ、だって昨日“好きに使っていいよ”って言ったじゃないですか!」
「あれは“余ったスープの鍋”の話だよ! 部屋の鍵の話じゃない!」
「ま、細かいことは気にしな~い!」
まったく、俺の“静かな一人暮らし”計画は開始1日目で崩壊したらしい。
そんなこんなで、半ば強制的に朝食を終えた俺は、街に引っ張り出された。
「わぁ〜! 今日は市場がにぎやかですね!」
メルは目を輝かせて、あちこちの屋台に鼻をひくひくさせている。野菜売り、焼き菓子屋、獣の毛皮職人までいるこの市場は、確かに見るだけでも面白い。
「……で。お前、匂い嗅ぎすぎて完全に犬扱いされてるぞ」
「え、誰がです? ――あ、ほんとだ。通りすがりの子どもに『わんわん』って言われました!」
「自覚ないのが一番タチ悪いな……」
そんな中、俺は人混みを避けて路地裏に出た――が、それがいけなかった。
「あっ……! ちょっとあなた、今のはぶつかったんじゃなくて触ったのよ!? セクハラですっ!」
「は!?」
狭い路地の角を曲がった瞬間、すれ違いざまにぶつかった女性がいきなり騒ぎ始めた。
……やばい。これ、また《フェロモン》のせいじゃないか?
「い、いや、今のは偶然で――」
「ふふふ、偶然でそんなに色気を出せるものなの?」
「なんだその理屈は!?」
慌ててその場を離れようとすると、なぜか女性の友達らしき人まで寄ってくる。勘弁してくれ、また人が集まってくる!
「レンさん!? 何やってるんですか、そっち!?」
メルの声がして、やっと事態が引き戻された。俺は慌ててその場から逃げ出す。
「このスキル、マジで治せないのか……?」
せっかくの休日も、俺に平穏は訪れないようだ。
逃げ込んだ先は、町の小さな甘味処――「お茶屋 風花」。木造の落ち着いた店内には、甘い香りと静かな音楽が漂っている。
「はぁ、ここなら少しは落ち着けるか……」
俺はカウンター席に腰を下ろし、ほっと息をつく。メルもすぐ後ろに座った。
「レンさん、あの騒ぎ大丈夫ですか? さすがにフェロモン、困りますよね」
「困るってレベルじゃねぇよ……お前のおかげで、俺はもう昼の人気者だ」
「えへへ、それだけレンさんのことが好きってことです!」
メルの言葉に照れながら、甘い抹茶アイスをひと口すくう。……このまったり感、久しぶりだ。
そんな時、入口の戸がゆっくり開いた。リズだ。
「やっと見つけた……あんたら、また騒いでるんだ?」
リズは少し呆れたように俺たちを見つめ、カウンターに腰をおろす。
「……まあ、フェロモン効果で俺がトラブルメーカーってのは変わらないんだけどな」
「ふふっ、それでもレンは頼りになるよ」
彼女の顔に、ほんの少しだけ柔らかい表情が浮かぶ。俺は照れ隠しに、また一口アイスを口に運んだ。
平穏とはほど遠いけど、こうして仲間がいるから――何とかやっていけそうだ。
「なあ、リズ」
俺は抹茶アイスを口に含みながら、ふと思い切って尋ねてみた。
「なんで、そんなに俺に付いてくるんだ?」
リズは少し驚いた顔をした後、微かに笑って答えた。
「だって……あなたには、他の冒険者にはない何かがあるからよ」
「何かって?」
「例えば、あなたが本気で嫌っているのに、女にモテまくってしまう運命とか。そういう不器用なところ」
「お前、俺のことよく見てるな」
「当然でしょ。仲間だから」
メルもニコニコしながら頷いた。
「そうそう! だから私たち、レンさんのこと放っておけないんですよ」
俺は二人の顔を見て、ふっと心が軽くなるのを感じた。あれ、こういうの悪くないかも。
『フェロモン』に振り回されてばかりの俺だけど、こうして本当に大切に思ってくれる仲間がいる。
「……ありがとう、二人とも」
「はい! これからも一緒に、頑張りましょうね!」
その言葉に、俺は自然と笑みを返した。
どんなに奇妙な運命が待っていようとも、俺はもう一人じゃない――そう思えた日常のひとときだった。




