5.狼にはモテても、平穏はもらえない
ギルドの依頼ボードに張り出されることはない、推薦依頼。今回は“狼避けの薬草”を決まった場所から採取してくるという内容だった。
報酬は少し多め、その代わり少し危険――つまり、冒険者としてステップアップするためのテストみたいなもんだ。
「ふぅん、狼避けの薬草ってことは……出るってことよね、狼」
リズが剣の手入れをしながらぼそっと言う。彼女の隣では、メルフィナが弓を構えてポーズの練習をしていた。
「大丈夫ですよ〜。森の動物、レンさんに懐くし!」
「それ、《フェロモン》の話でしょ!? あれ動物にも効くの?」
「はい。特に“メス”には絶大だって。狼も女の子だったら寄ってくるかも?」
「こえぇよ!!!」
それってつまり、敵が向こうから懐いてくる=逃げられないってことじゃん!?
スキルのせいで、戦う前から戦場がこちらに突っ込んでくる未来が見える。なんだよこの不良品。
そんなこんなで、俺たちは森へ向けて出発した。
目的地は町から東へ1時間ほど歩いた場所。道は整備されておらず、木々の合間をぬって進む感じになる。
「レンさん、今日は一段といい匂いがしますね~」
「メル、それ毎回言ってるけど、それ褒めてないからな」
「そうですか? すっごく褒めてるんですけど?」
そのとき――リズが立ち止まった。
「……いる。前方の茂み、動いてる」
俺もすぐ気づいた。空気が変わった。風の音が一瞬止まり、土の上に“柔らかい気配”が漂う。
――そして、姿を見せたのは、二匹の狼だった。
一匹はやや小柄、もう一匹は筋肉質で鋭い目つき。
毛並みが揃っていて美しい。……なんか、可愛い気がするのが怖い。まさか、まさか――
「きゃんっ!」
小柄なほうが、俺の足元まで駆け寄って、ぺたんと座った。
「うそだろ……?」
「わぁ、女の子だ!」
「こっちもっ……っ、きゃうっ!」
大きい方の狼も、俺の横で尻尾を振り始める。顔がにこにこしてる(気がする)。
「《フェロモン》……効果、発動中かよ……!」
「敵が、勝手に味方みたいになってるんだけど……どうする?」
「どうもしないよ! 頼むから、戦わずに通してくれ!!」
懐いてくる狼たちをかき分けながら、俺たちは慎重に森の奥へ進んでいった。
ところが――途中で、空気が一変した。
鼻を突くような、獣の強い臭い。草の匂いすら押し負かす、圧のある存在感。
「……待って、あれ、なんか変です」
メルがぴたりと足を止める。茂みの向こうに、何かがいる。
そして現れたのは、他の狼とは明らかに異なる個体だった。毛並みは荒れ、瞳は赤黒く濁っている。
「……効いてない。《フェロモン》が、全然……」
「くそ、あいつだけは別モノってことか!」
リズが剣を構え、メルが矢をつがえる。
「来るぞ!!」
リーダー格の狼が低く唸り声を上げ、こちらへと突進してきた。
リズが先制攻撃。素早く剣を振るい、リーダーの側面に斬りかかる。
だが、その巨大な体と鋭い動きに翻弄され、攻撃がうまく当たらない。
メルが矢を放ち、リーダーの脚を止める。
「ナイス、メル!」
「まだまだ、レンさん!」
二人の連携に背中を押されて、俺はリーダーの懐に飛び込み、剣で真正面から受け止める。
しばらくの激闘の末、リーダーが地面に崩れ落ちた。
他の狼たちはそれを見て、一斉に退散していく。
「ふぅ……終わったか……」
森の奥へさらに進むと、目的の薬草が群生していた。
「これが狼避けの薬草か……」
リズが慎重に摘み取っている間、俺はメルと一緒に辺りを警戒する。
……すると、メルがふわりと俺に近づいてきて、笑顔で囁いた。
「レンさん、今日もすっごくいい匂いですね」
「やめろーーっ!!」
森を抜け、町へ戻った俺たちはそのままギルドへ直行した。
依頼報告用の窓口に顔を出すと、受付の女性――ユークレア嬢がこちらを見て、すっと立ち上がる。
「薬草の採取、完了です。こちらが該当分です」
リズが丁寧に包んだ薬草を差し出すと、彼女は目元だけ笑って応じた。
「確認しました。狼避け薬草、状態良好です。依頼完了。――お疲れさまでした」
手続きはそれだけだったけど、俺たちにとっては初めての推薦依頼。無事に終えられたことが、何よりも大きかった。
「ふふっ、報酬もちょっと多めですね。これで今夜はお肉が食べられるかも?」
「メル、お前はまず匂いの話をやめろ。焼肉屋の煙にまで反応されそうな気がするから」
「それ、ほんとに褒めてないですよね?」
ふざけ合う俺たちを見ながら、リズはほんの少しだけ微笑んだ。
こうして俺たちの“ちょっと危険な依頼”は、なんとか無事に幕を閉じたのだった――。