表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/19

5.狼にはモテても、平穏はもらえない

 ギルドの依頼ボードに張り出されることはない、推薦依頼。今回は“狼避けの薬草”を決まった場所から採取してくるという内容だった。


 報酬は少し多め、その代わり少し危険――つまり、冒険者としてステップアップするためのテストみたいなもんだ。


「ふぅん、狼避けの薬草ってことは……出るってことよね、狼」


 リズが剣の手入れをしながらぼそっと言う。彼女の隣では、メルフィナが弓を構えてポーズの練習をしていた。


「大丈夫ですよ〜。森の動物、レンさんに懐くし!」


「それ、《フェロモン》の話でしょ!? あれ動物にも効くの?」


「はい。特に“メス”には絶大だって。狼も女の子だったら寄ってくるかも?」


「こえぇよ!!!」


 それってつまり、敵が向こうから懐いてくる=逃げられないってことじゃん!?


 スキルのせいで、戦う前から戦場がこちらに突っ込んでくる未来が見える。なんだよこの不良品。


 そんなこんなで、俺たちは森へ向けて出発した。


 目的地は町から東へ1時間ほど歩いた場所。道は整備されておらず、木々の合間をぬって進む感じになる。


「レンさん、今日は一段といい匂いがしますね~」


「メル、それ毎回言ってるけど、それ褒めてないからな」


「そうですか? すっごく褒めてるんですけど?」


 そのとき――リズが立ち止まった。


「……いる。前方の茂み、動いてる」


 俺もすぐ気づいた。空気が変わった。風の音が一瞬止まり、土の上に“柔らかい気配”が漂う。


 ――そして、姿を見せたのは、二匹の狼だった。


 一匹はやや小柄、もう一匹は筋肉質で鋭い目つき。


 毛並みが揃っていて美しい。……なんか、可愛い気がするのが怖い。まさか、まさか――


「きゃんっ!」


 小柄なほうが、俺の足元まで駆け寄って、ぺたんと座った。


「うそだろ……?」


「わぁ、女の子だ!」


「こっちもっ……っ、きゃうっ!」


 大きい方の狼も、俺の横で尻尾を振り始める。顔がにこにこしてる(気がする)。


「《フェロモン》……効果、発動中かよ……!」


「敵が、勝手に味方みたいになってるんだけど……どうする?」


「どうもしないよ! 頼むから、戦わずに通してくれ!!」


 懐いてくる狼たちをかき分けながら、俺たちは慎重に森の奥へ進んでいった。


 ところが――途中で、空気が一変した。


 鼻を突くような、獣の強い臭い。草の匂いすら押し負かす、圧のある存在感。


「……待って、あれ、なんか変です」


 メルがぴたりと足を止める。茂みの向こうに、何かがいる。


 そして現れたのは、他の狼とは明らかに異なる個体だった。毛並みは荒れ、瞳は赤黒く濁っている。


「……効いてない。《フェロモン》が、全然……」


「くそ、あいつだけは別モノってことか!」


 リズが剣を構え、メルが矢をつがえる。


「来るぞ!!」


 リーダー格の狼が低く唸り声を上げ、こちらへと突進してきた。


 リズが先制攻撃。素早く剣を振るい、リーダーの側面に斬りかかる。


 だが、その巨大な体と鋭い動きに翻弄され、攻撃がうまく当たらない。


 メルが矢を放ち、リーダーの脚を止める。


「ナイス、メル!」


「まだまだ、レンさん!」


 二人の連携に背中を押されて、俺はリーダーの懐に飛び込み、剣で真正面から受け止める。


 しばらくの激闘の末、リーダーが地面に崩れ落ちた。


 他の狼たちはそれを見て、一斉に退散していく。


「ふぅ……終わったか……」


 森の奥へさらに進むと、目的の薬草が群生していた。


「これが狼避けの薬草か……」


 リズが慎重に摘み取っている間、俺はメルと一緒に辺りを警戒する。


 ……すると、メルがふわりと俺に近づいてきて、笑顔で囁いた。


「レンさん、今日もすっごくいい匂いですね」


「やめろーーっ!!」


 森を抜け、町へ戻った俺たちはそのままギルドへ直行した。


 依頼報告用の窓口に顔を出すと、受付の女性――ユークレア嬢がこちらを見て、すっと立ち上がる。


「薬草の採取、完了です。こちらが該当分です」


 リズが丁寧に包んだ薬草を差し出すと、彼女は目元だけ笑って応じた。


「確認しました。狼避け薬草、状態良好です。依頼完了。――お疲れさまでした」


 手続きはそれだけだったけど、俺たちにとっては初めての推薦依頼。無事に終えられたことが、何よりも大きかった。


「ふふっ、報酬もちょっと多めですね。これで今夜はお肉が食べられるかも?」


「メル、お前はまず匂いの話をやめろ。焼肉屋の煙にまで反応されそうな気がするから」


「それ、ほんとに褒めてないですよね?」


 ふざけ合う俺たちを見ながら、リズはほんの少しだけ微笑んだ。


 こうして俺たちの“ちょっと危険な依頼”は、なんとか無事に幕を閉じたのだった――。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ