4.ギルドに帰ったら、受付嬢の視線が殺しにきてた件
薬草採取のはずが、魔物に囲まれ、獣耳少女が増え、スキル《フェロモン》の被害がさらに拡大――そんなドタバタの末に、俺たちはようやくギルドに戻ってきた。
「レン、お疲れさまー♪」
隣を歩くリズはご機嫌だ。薬草採取の成果も上々。戦闘でのフォローにも自信がついたらしい。
その後ろを、金色の尻尾をふりふりさせながらついてくるのが、俺の新たな(不本意な)同行者、メルフィナ。
「メルでいいですよっ。これからよろしくです、レンさん!」
いや、誰も“これからよろしく”って言ってないんだけど。俺が一言も「仲間になれ」なんて言ってないんだけど。
だが、《フェロモン》の影響なのか、彼女は俺の半径1メートル以内から出ていかない。
――そして、ギルドの扉を開けた瞬間。
「…………」
受付カウンターに立つ、あの人が目に入った。
アミナ嬢。ギルドの看板受付嬢にして、毒舌と冷笑で冒険者を黙らせる有名人。前回、俺に「変な匂いがする」と言ってきた、あの人だ。
そのアミナが、俺を見るなり、わずかに目を細めた。
いや、目をすぅーっと細めたってレベルじゃない。
完全に刺してきてる。視線で俺の存在を削ってきてる。
「おかえりなさい。……随分、にぎやかになりましたね?」
ぞくりと背筋に冷気が走った。口調は丁寧なのに、目が笑ってないどころか、もはや目が完全に戦闘モード。
「依頼の報告……薬草採取、完了です。これ、成果」
リズが軽やかに報告しながら袋を差し出す。その横で、メルがニコニコと俺の袖をつかんだままぴったり寄り添っている。
「へえ。薬草採取に行ったら……獣人の少女が1人、増えるんですね」
おっと、鋭い。口調は穏やかなのに、明らかに攻撃力が高いぞこの人。
「いえ、その、彼女は勝手に……」
「勝手に、あなたについてきた?」
「はい。あの、その、たぶん《フェロモン》のせいで……」
「ふーん。……つまり、“勝手にモテてるだけ”なんですね?」
俺は反論を考えた。けど、言い返せなかった。
だって事実だから。
……ギルドの空気が重い。いや、俺の半径5メートルだけ異様に冷えてる気がする。
「で、その子は?」
アミナが視線をメルフィナに向けた。彼女は一瞬ぴくっと肩をすくめたが、すぐに明るく微笑んでぺこりと頭を下げた。
「メルフィナです! 森で助けてもらって、それで……その……ついてきちゃいましたっ」
「ふうん。“ついてきちゃった”ねえ」
アミナの目が、再び俺に突き刺さる。いや、目つきだけで殺傷力あるのマジやめて。
「スカウトでも始めたんですか、レンさん? 今週で二人目ですけど?」
「違います、ほんとに!」
「ふふっ、でもレンさんって頼れるし、強いし、匂いも好きだし……一緒にいると安心できるんです~」
「ストップ!! そういう無自覚爆弾、やめて!!」
「それ、もしかして《フェロモン》の効果?」
リズが眉をひそめて、俺とメルを交互に見る。なんかリズの目も怖くなってきたぞ……?
「やっぱ、このスキル、女の子からしたら反則じゃない?」
「俺が一番そう思ってるわ!!」
受付の横で静かに書類を整理していたアミナが、小さくため息をついた。
「……とりあえず、薬草採取の報酬です。今回は成果も申し分ありません」
テーブルに置かれた袋。中には銀貨と小さな封筒。
「それと……ギルドから一つ、推薦依頼が来ています」
「推薦依頼?」
「はい。“狼避けの薬草”を採取してほしいという依頼です。場所は少し奥地になりますが、実力を試すにはちょうどいいかと」
「……なるほど、初級者卒業テストってとこか」
報酬はそこそこ。だが、これでまた何か起こる気しかしない。
だが俺は一つ、覚悟を決めて言った。
「受けよう。行くぞ、お前ら」
「おっけー! がんばろー!」
「ふふっ、レンさんに任せますね!」
「……“お前ら”って、なんで複数形なのよ……」
こうして俺の“平和なソロ冒険”は、どんどん遠のいていった。