3.強くなったと思ったら、また女が増えた
薬草採取。初心者向けの依頼。平和で安全。そう思っていた時期が、俺にもありました。
「レン、こっちに“ハルジナ草”あったよー!」
森の中、鳥のさえずりと共に響くテンション高めな声。振り返れば、リズが腕まくりをして腰をかがめている。
……見えそうで見えない。
「おい、スカートで前傾姿勢になるなって言ってんだろ!」
「はっ? なに見てんのよ、変態!」
「見せてきてるのはそっちだろ!」
なんだこの不毛なやり取り。平和なのに全然癒されねぇ。
森は静かで、モンスターの気配もない。むしろさっきから動物がやたら寄ってくる。《フェロモン》のせいでリスが俺のフードに住みついた。かわいいけど、地味に重い。
「ねえレンってさ、どこの国から来たの? 名前とか服装、ちょっと変わってるよね」
リズが、何気ない感じで話しかけてくる。俺は少しだけ考えてから、適当にごまかした。
「……北の辺境。山の方」
「ふーん……まあいいけど。あんた、なんか普通じゃないよね。女嫌いって言う割に、あたしには文句ばっか言うけど逃げないし」
「そりゃ、逃げたら背中刺されそうだし」
「……冗談でしょ?」
「半分はな」
苦笑いで済ませるが、正直なところ、リズは意外と嫌いじゃない。強引だけど、口先だけでなく動けるし、森でも冷静だ。
だが。
この平和な時間は、長くは続かなかった。
――ガサッ。
草むらが揺れる。風とは違う、不自然な音。
「レン、止まって」
リズの声が低くなる。右手が、剣の柄に自然と伸びていた。
俺もそっと身構えた。魔物か? いや、普通の薬草採取依頼に出るような場所には――
「ッ! 来る!」
リズが叫ぶと同時に、視界の端に黒い影が飛び込んでくる。長い尾と鋭い牙――猿に似た形だが、明らかに異質。森猿種。凶暴で、単独でもそこそこ危険だ。
1体、2体、3体……いや、もっといる!
「囲まれてる……!」
「リズ、後ろ! くるぞ!」
1体が飛びかかる。リズが咄嗟に剣を振るうが、ギリギリ間に合わない――
「くっ!」
俺は、反射的に身体を滑り込ませてリズをかばった。
そして――
「うおおおおおおおおおッッ!!」
俺の拳が、モンキーの顔面に炸裂した。
――なぜかすごく効いた。
「……え?」
俺とリズ、同時に止まる。
森猿は吹っ飛び、木に叩きつけられ、そのまま沈黙。
「あ、あなた……」
「い、いや、俺もビビって殴っただけで……あれ? 俺、筋力こんなにあったっけ……?」
わからない。だが、《フェロモン》とは別に、肉体スペックも強化されてる可能性がある。女神リュミエル、説明不足すぎだろ。
「……ま、まあ、助けてくれたことは認めるわ」
「え、素直」
「ただし! さっきの“見えそうだった”発言は絶対に許さないから!」
「え、やっぱ聞こえてたの!?」
「当たり前でしょ! っていうか、あんた今の見て惚れた女増えてるからね!」
え?
確かに……森の茂みから、獣耳の女の子っぽいのが何人か、こっちをガン見してる。
「《フェロモン》の……せい……?」
俺の異世界生活、どこまで巻き込んでいく気だよ。
「だ、大丈夫ですかっ!? いまの……すごかったです!」
駆け寄ってきたのは、獣耳を持つ少女――年の頃は俺たちと同じくらいか。揺れる金色の尻尾、そしてきらきらした瞳。
「えっと……俺たちに用か?」
「はいっ! 私、メルフィナっていいます。さっきの戦いを見てて……その、ぜひ一緒に旅をさせてください!」
「いや、だからなんでそうなる!?」
「だって……すごく強くて、それに……なんだか安心する匂いがして……ふわぁ……近くにいると落ち着くというか……」
ぐいぐい距離を詰めてくるメルフィナ。俺の袖をクンクン嗅ぐな。何フェチだお前は。
横を見ると――リズが、引きつった笑みで腕を組んでいた。
「ふーん。新入りのくせに、もう1人引き寄せるなんて、やるじゃない?」
「いや、違うからな!? 俺が呼んでるわけじゃないからな!?」
「……《フェロモン》って、もしかして本気でやばいスキルなんじゃ……」
今さら何言ってんだ。俺はもうとっくにそれに気づいてるよ。
こうして、俺の“ぼっちで平和な冒険者ライフ”という夢は、また一歩遠のいたのだった――。