2.ギルド嬢が近い。女冒険者も近い。頼むから5メートル離れてくれ!
モテるって、こんなに疲れるんだな……。
異世界に転移して数時間。俺は今、町の入口で馬に鼻を押しつけられながら、地面に突っ伏していた。
「……ハァ。人間の女が来る前に、まず動物をなんとかしないと……」
《フェロモン》。半径5メートル以内の女性全員に好意を抱かせるという、超迷惑スキル。しかも常時発動でオフにできない。
どこの誰だよ、こんなの思いついた神。あ、いたわ。リュミエルだ。
俺は全身毛まみれになりながら、重い足を引きずって街に向かった。
◇
「はいはい、次の方~……って、あら?」
ギルドのカウンターにいた女性職員が、俺を見た瞬間ぴたりと動きを止めた。栗色の長髪に優しそうな笑顔――だったはずが、数秒後には頬を赤らめて、身を乗り出してきた。
「よ、ようこそ、冒険者ギルドへ! 初めてですか? うわっ、めっちゃイケメン……あっ、いえ、登録ですね! 登録、しますよね?」
早い。接客の距離感が明らかにおかしい。5メートルどころか、もう目の前5センチだ。
「ちょっ……近いんだが。いや、近いって。ちょっと、胸当たってるって!」
「えっ!? あっ、ごごごめんなさい! わ、私、普段こんなじゃないんですけどっ、なんか……あなたと話してると……その……変になりそうで……」
なってるよ、もう。
完全に《フェロモン》のせいだ。俺は被害者だ。全然モテてない。ただ、寄ってこられてるだけだ。
「じゃ、登録だけさせてもらう。すぐ終わるよな?」
「はいっ、もちろん! 冒険者ナンバー001212、名前は……?」
「橘レン。」
「れ、レンさん……レンさんって、彼女いるんですか……?」
「おい、登録に関係あるかそれ」
「い、いえっ! 質問リストにあるんですっ!」
あるかよ。ねえだろ、そんなの。
俺はあまりに必死なギルド嬢――名前をアミナと言うらしい――のテンションに押され、ぎこちなく登録を済ませた。
「……で、依頼はどこで確認すれば?」
「はい、あちらの掲示板です! でも……もしよかったら、案内しますよ? 手、つないで行きましょうか?」
「遠慮する。」
「……ツンデレなんですね!? 好きです!」
「いや、やめろって……! あーもう、俺と5メートル以上離れてくれ……!!」
こうして、異世界生活二日目。俺はまだ、人間の女の方が動物よりタチが悪いと気づいていなかった。
掲示板に向かうと、他の冒険者たちが数人、依頼票を眺めていた。その中に――女性がいた。
(くるな、くるな、くるな、くるな)
心の中で唱えるが、現実は容赦がない。
「あら……あなた、新人さん?」
声をかけてきたのは、片手に剣を下げた、勝気そうな女冒険者。やや短めの茶髪で、鋭い眼差しをしている。
(近い……もう、定位置なんだな、5メートル以内が)
「ふーん、顔は悪くないけど……なんかやけにいい匂いがするのよね、アンタ。香水とかつけてんの?」
「いや、つけてねえ。これ体臭だ……いやちがう、《フェロモン》のせいだ……」
「へえ、面白いわね。あたしはリズっていうの。ちょっと気になるから、しばらくアンタのこと観察させてもらうわ」
「は?」
「文句ある? ないならついてきなさいよ、新人くん」
勝手に名前を覚えられ、勝手に付きまとわれる――これが“モテる”ってことなのか? 俺の中で、モテることへの幻想がまたひとつ崩れた。
◇
「で、どれにするの? 依頼。まあ初心者だし、薬草採取あたりが妥当よね」
リズに肩を並べられ、依頼掲示板を眺める。……というか、なんで当たり前みたいにくっついてくるんだこの人。
「……これにする。薬草採取。森の外れまで行けばいいらしいし、ひとりで――」
「じゃ、決まりね。行きましょう、レン♪」
「勝手に行動を共にするな! 誰がペア組んだ!?」
「ん? 別にいいでしょ、女一人と一緒に行くくらい……ねぇ?」
その目は明らかに何かを期待している。違う! 俺は女が苦手なんだ! 頼むから、俺の5メートル外でいてくれ!!
◇
結局、俺は断れずにリズと共にギルドを出た。アミナは名残惜しそうに「無事に帰ってきてくださいね~!」と叫んでいた。
「なあ、リズ。少し距離置かないか? ほら、歩きにくいし」
「え、やだ。なんか、離れると不安になる」
「《フェロモン》めぇぇぇぇ!!」
誰かこのスキル、返品できませんか?




