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17.俺に安息の時はないらしい

 ギルドの朝は、いつも騒がしい。


 報酬も受け取り、戦闘の疲れも一晩で癒えた俺たちは、翌朝、なんとなくギルドに集まっていた。


「おはようございます、レンさん!」


 メルが元気に手を振ってくる。その手にはパンとチーズの簡単な朝食。さすがに朝から肉を食う気分にはならなかったらしい。


「……あんたもよく来るわね、ギルドなんて」


 隣の席でリズが呆れ気味に言うが、足元には彼女が買ってきたらしき果物入りの籠がある。ツンとした表情をしているが、やっぱり誰かと一緒に朝食を取るのは嫌いじゃないんだろう。


「おい、そこのあんた。アンタって言われて黙ってるとか、どんだけ無気力なのよ」


 ガタンと音を立てて椅子に座ったアオイが、こちらを睨んできた。今日も相変わらず口が悪い。


「朝から元気だなお前。俺は寝起きにそのテンションは無理だ」


「あんたみたいな脱力系男子が、昨日あんな戦いしてたっていうのが信じらんないんだけど」


 腕を組んだアオイは、俺の顔をじっと見てから、わざとらしく目を逸らす。どこかで見たような仕草だが……考えるのをやめた。


「おはよう、各位。まさか貴様ら、朝から騒ぎに来たのではあるまいな?」


 セリアがツカツカと現れ、ギルドの片隅に集まる俺たちのもとに歩み寄る。


「あ、セリアさん、おはようございます!」


 メルがぺこりと頭を下げ、リズも一応会釈をする。俺は……まあ、いつも通り。


「おはよう。で、何の用だ?説教?」


「貴様、私をなんだと思っている?いや、まあ、否定はせんが」


 セリアが少しむっとして、それでも椅子を引いて腰掛ける。その口元にはほんの少し、微笑の気配。


 アオイがその様子をじろりと睨む。


「ふん……なにその距離感。神官様なのに、馴れ合いは嫌いじゃないんだ?」


「貴様こそ、初対面のくせに口が過ぎるぞ。転生者なら、多少の礼儀は心得ていると思っていたが」


「うるさいわね。あたしは“戦士”として呼ばれたの。あんたらの御託なんて聞く気ないわよ」


 ギルドの片隅で、再び女性陣の火花が散る。俺はその中心で、そっとコップの水を啜るだけだった。


 ──気まずくなる前に、助け舟を出してやるべきか。


「そういやアオイ。お前、剣術の腕前……なかなかだったな」


「っ……! べ、別に褒められて嬉しいとかないけど!? あんたみたいな奴に言われたくないし!」


 耳が赤くなるアオイ。俺の言葉がそんなに意外だったのか、それとも何か別の意味があるのか。


 ……いや、考えすぎだろう。俺はパンをかじった。


 その時だった。


 ギルドの入り口がドンと音を立てて開き、慌てた様子の受付嬢が駆け込んできた。


「みなさん、至急です! 街の外れで、また魔物の目撃情報がありました!」


 場の空気が一変する。


「また……昨晩の奴らとは別?」


「はい……正確には、“何かに引き寄せられるように”現れたとの報告が」


 その言葉に、俺の中で何かが引っかかった。


(引き寄せられるように、か……)


 嫌な予感が、背筋を撫でた。


 ようやくギルドを後にした頃には、もう日も高くなっていた。


「はぁ……人が多いと、これだから面倒なんだよ」


 軽く伸びをしながら歩いていた俺の横で、メルが静かに口を開いた。


「レンさん、やはり今日は……女性の視線が、いつもよりも……多かったような」


「ああ。気づいたか」


 わかってる。というか、俺が一番感じてる。最近はだいぶ慣れたつもりだったけど、今日は特にひどかった。通りすがりの女性は目を丸くして立ち止まるし、ギルドのカウンターの女の子たちからも明らかに妙な熱視線を感じた。


 しかも——


「お兄さんって、どこのパーティーに入ってるんですか? 私、回復魔法得意なんですけど……よかったら一緒に依頼、受けませんか?」


「ちょっとあなた! お兄さんに話しかけるの、順番守ってくれる?」


「は? 順番って何よ!」


 ……通りすがりの冒険者の女たちが、何故か俺を巡ってケンカを始める始末だ。ついさっきも、メルが盾になって止めてくれなければ、俺が揉め事の渦中に巻き込まれるところだった。


「……まあ、うん。これは……俺のせいじゃないよな」


「そうですね。レンさんの“フェロモン”の力が……原因かと」


 冷静なメルの声。いや、あのな、わかってるけど、それをはっきり言われると余計に傷つくというか、なんというか。


「……これ、どうにかならないのかな」


 ぼやくと、少し後ろを歩いていたセリアが鼻で笑った。


「自業自得でしょ。女神に偉そうにした罰じゃないの?」


「……そりゃそうだけどさ」


 自分が蒔いた種だ。それは認めてる。でも、だからってこの無自覚なモテ地獄が日常になるのはきつい。


 振り返ると、さっきの通りでまだ揉めてる女性冒険者たちの姿が小さく見えた。はぁ……。


 と、そんな空気を打ち破るように、アオイが元気な声をあげた。


「ま、いーじゃん! モテるってだけで得してんだしさ。私なんか誰にも見向きされないからね〜?」


「……そんなことないだろ」


「え、なに、今のってフォロー? へぇ〜、やるじゃん。ちょっと見直したかも」


 アオイはニヤッと笑って俺の顔を覗き込む。


 こいつ、どこまで本気なんだか。だが……どこか懐かしさを感じるこの距離感は、不思議と嫌じゃなかった。


「とりあえず、宿戻ろう。夜の依頼もあるし、休めるときに休んどかないとな」


「はいっ。リズさんたちも、先に戻ってるはずです」


 歩き出すと、セリアもアオイも並ぶようについてきた。人数が増えたせいで目立つようになったが、それでもさっきよりは視線がマシになった。


 ……いや、たぶんメルとセリアが周囲の視線を睨み返してるからだな。ありがたいけど、なんかこう、もう少し穏やかに暮らしたいっていうか。


 フェロモンスキル……せめて、オンオフできるスイッチがあればよかったんだけど。


 そんなことを考えていると、風が吹いた。どこか、遠くの森から、獣の匂いが混ざってくるような気がした。


 あれは——


「……ちょっと待て。あのにおい、魔物か?」


「レンさん、何か……?」


 俺が立ち止まると、皆も足を止めた。


 と、ギルド方面から駆けてくる使いの少年が、こちらに手を振っていた。


「た、大変です! ギルドから緊急の依頼が!」


 嫌な予感が胸をよぎる。休めるはずだった今日も、また平穏とは無縁になりそうだった。

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