16.なんで俺の周り、強い女ばっかなんだよ……
陽が沈み、辺りが薄暗くなっていくなか、俺たちは目的の森へと足を踏み入れていた。ギルドの話によると、ここ数日、この森の周辺で人や家畜が襲われる事件が続いており、どうやら夜に現れる魔物が原因らしい。
「おい、ほんとに出るのかよ。……って言っても、出ないと出ないで困るけどな」
俺はぼそりと呟く。すぐ横ではリズが剣を携えて辺りを警戒し、メルはいつでも矢を放てるよう構えている。セリアは口元に手を当て、鼻で笑いながら言った。
「フン、怖いのかしら? せっかく女の子ばかりのパーティに囲まれてるってのに」
「やかましい。お前ら全員、俺の好みじゃねえ」
「……へえ」
何やらアオイが俺の背後で意味深に笑っている。気のせいか、ちょっと機嫌が良さそうだ。こいつ、性格悪いくせにこういうところで楽しそうにするんだよな……。
そんな空気を引き裂くように、遠くから低い唸り声が聞こえてきた。
「来るよ」
リズが短く告げると同時に、茂みをかき分けて飛び出してきたのは、狼のような姿をした黒い魔物たち。瞳が赤く光り、牙をむき出しにして襲いかかってくる。
「こっちに三体!」
「右から二体! 任せてくださいっ!」
メルが素早く矢を放ち、一体の魔物の頭部を射抜く。そのまま矢筒から矢を引き抜きながら、位置を変えて再び狙いを定める。
セリアはというと、杖を振り上げると高らかに詠唱を唱える。
「我が名に応えよ、聖なる閃光よ——『ルクス・ランス』!」
光の槍が空中に形成され、一直線に魔物の群れへと降り注ぐ。凄まじい閃光とともに、二体の魔物が動きを止め、その場に崩れ落ちた。
俺はその隙を見て、残った一体へと駆け寄り、短剣で切り裂いた。
そして振り返ると、アオイが木の上に飛び乗り、そこから無駄のない動きで魔物の背後に跳び下り、脚で牽制しつつナイフで急所を狙っている。
「思ったより動きが鈍いわね……。こいつら、夜にしか動けないからって、体が本調子じゃないの?」
「油断すんな、囲まれてるぞ!」
俺が声を上げると、確かに周囲には、第二波とでも言うべき魔物の群れが迫っていた。さっきのよりも一回り大きく、より獰猛な見た目だ。
「ふふ、面白くなってきたわね。神官だからって舐めないでちょうだい」
セリアが再び詠唱を始め、リズが剣を構え、メルが矢を素早くつがえる。アオイはすでに接近し、メルが射た矢に合わせて横から斬撃を加えるように動いている。
「はあ……なんで俺、女ばっかのパーティで戦ってんだか……」
そうぼやきながらも、自然と体は動いていた。後方からサポートするリズ、牽制とトドメを担うメル、攻撃の主軸になるセリアとアオイ。それぞれが自分の役割を果たし、俺はその隙間を縫って戦いの流れを繋ぐ。
そして——魔物たちが、全滅した。
あたりに静寂が戻る。星が瞬き、夜風が汗ばんだ肌を冷やしてくれる。
「終わったな……」
「お疲れさまですっ、レンさん!」
「ふん、まあまあやるじゃない」
「ま、あんたが足引っ張らなくてよかったよ」
「……全員、ちょっとは素直になれよ……」
俺の愚痴混じりのぼやきに、誰もが笑うわけでもなく、どこか満足そうな顔をしていた。
街の灯りが見えてくる頃には、すっかり夜も更けていた。
「魔物の死骸、確認も済んでるし……これで依頼達成だな」
「ギルドに報告したら、あとは寝るだけですっ」
メルがいつも通り元気な声を上げる。俺は軽く息を吐いた。道中、アオイが何も言わず俺の前を歩いていたが、妙に静かだったのが気になる。……あいつも疲れてるのかもしれない。
ギルドに着くと、ちょうど受付で資料を書いていたガロスと目が合った。
「よぉ、戻ったか。まさか本当に一晩で片付けるとはな。……あの魔物ども、最近ずっと手を焼いてたんだがな」
「まあ、女だらけのパーティでも、実力はあるってことで」
皮肉のつもりで言ったが、ガロスはクッと笑って「お前がそれを言うか」とだけ呟いた。
報酬を受け取り、軽く雑談を交わした後、俺たちはギルドを後にした。
宿に戻る前、リズとメルは「別の部屋で休む」と言って先に建物へ。残ったのは、セリア、アオイ、そして俺だ。
……なんか、気まずい。
「……なに、黙ってんのよ。女に囲まれて舞い上がってんじゃないでしょうね」
セリアが何気ないように言いながらも、ちらりと俺を見た。
「舞い上がるわけねーだろ。女に囲まれて得することなんて一つもねぇ」
「じゃあ、あんたが頼りなかったら、誰が守るのよ?」
俺が返す前に、アオイが割って入る。
「まったく……口だけは達者なんだから。あたしがいなかったら、途中でやられてたでしょ」
「そうかもな。でも、お前がいて助かったよ、アオイ」
少し驚いたような顔をしたアオイが、目を逸らして「……別に」とぼそっと言った。
そのまま俺は、夜風に当たりながら空を見上げる。
星が、やけに綺麗だった。
明日はどんな日になるんだろう。そんなことを考えながら、俺たちはそれぞれの夜を迎えるのだった。




