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13.スケベスキルでも、私は好きだから!

 ギルドの食堂は、いつも通り賑やかだった。朝の報酬報告を済ませた冒険者たちが、パンとシチューを片手に笑い合っている。

 そんな中、俺──橘レンは、珍しく窓際の席で一人、ぼーっと外を眺めていた。


「レンさん、シチュー冷めちゃいますよ」


 メルの声が聞こえて、我に返る。見ると、すでにメルとリズは向かいの席に座っていて、俺の分のシチューまで取ってきてくれていた。


「……悪い。ありがとな」


気まずくなりかけた空気を、メルの耳がピクリと動いて遮った。


「……誰か来ます。重たい靴音。普通の人じゃなさそうです」


 ギルドの扉が重たく開かれ、静まり返る。

 現れたのは、白金色の髪を後ろで編み込んだ、清らかな白衣の女性だった。胸元に輝くのは、神聖教会の紋章。


 女神を信仰する宗教団体。中には回復術を扱う穏健な神官も多いが、一部の上層部は「禁忌」に対して極めて排他的で知られている。


「……女神の光あれ。ギルドマスターは在席かしら?」


 その声は柔らかだったが、どこか刺すような冷たさがあった。

 周囲の冒険者たちは、そのただならぬ気配に息を飲む。


「はい、そちらに──」


 受付嬢が案内しようとしたその瞬間だった。


 神官の女は、ふとこちらに視線を向けた。そして、俺を見た瞬間──


「……この気配……なんてこと。これほどまでに濃い“淫気”……っ!」


 場の空気が凍りつく。

 神官の白衣の女は、目を見開いたまま俺を指さした。


「その男、異常です! すぐに拘束を!」


「はぁっ!?」


 俺が思わず立ち上がると同時に、リズが前に出て身構える。


「ちょっと! 何のつもりよ! レンはただの冒険者よ!」


「“ただの”……? あり得ません。これは神罰ものです。私は神聖教会上級神官、セリア・ノヴァ。女神の教えに基づき、この男のスキルを確認し、必要ならば浄化いたします!」


「浄化って……俺は別に、何も悪いことなんてしてない!」


 ぐっと睨むと、セリアはほんの一瞬たじろいだ。だがすぐに視線を強めて言い返してくる。


「あなたの持つ力は、女性の精神を蝕む“誘惑”の呪い。放置すれば、いずれ災いを招きます。あなた自身が気づいていないのなら、なおさら危険です!」


 ギルド全体が騒然とする中、俺は心の中で呟いた。

 ──面倒な奴が来たな、と。


 セリアの鋭い声に反応して、冒険者たちが一歩ずつ後ずさる。緊張がピークに達しようとしたそのとき。


「……やめとけ、セリア」


 低く落ち着いた声が場を割った。

 扉の向こうから現れたのは、ギルドマスターのガロスだ。渋面のままゆっくりと歩を進め、俺たちとセリアの間に立つ。


「レンはうちの登録冒険者だ。理由もなく“浄化”なんて物騒な真似はさせねぇ」


「……ガロス、あなたまで……!」


 セリアの眉がぴくりと動いた。かつて面識があるらしい。ガロスは肩をすくめて言う。


「神の意志だかなんだか知らねぇが、ここはギルドだ。教会の縄張りじゃねえ。冒険者に手を出すなら、それ相応の理由と証拠が要る」


 その隣で、メルが一歩前へ出た。


「レンさんの力が“災い”だなんて……そんなこと、ございません。あの方は、人を傷つけるような使い方など一度たりともなさいませんでした」


 いつもよりきっぱりとした声。

 普段はどこかふにゃっとしているメルの顔が、今はまっすぐにセリアを見つめていた。


「……メル……」


「それに……わたし、レンさんの近くにおりますと、確かに……胸がどきどきしてしまいますけど、それは……ええと、呪いとかじゃなくて……その、好意ですから……!」


 メルが赤くなりながら言い切ると、場がしんと静まる。


 リズが咳払いで誤魔化すように割り込んだ。


「だーかーら! 何度も言ってるでしょ! このスケベスキルが発動しても、レン本人は悪くないのよ! そもそも説明受けてないんだから!」


「スケ……ベ……」


 神官セリアは呆然とリズを見たが、すぐに顔を引き締めて睨み返した。


「……分かりました。今日のところは引き下がります。しかし、私は教会の名のもとに、この件を上に報告します。近いうちに、必ず正式な調査が行われるでしょう」


「好きにしな」


 ガロスが静かに答えた。


 セリアはきびすを返し、ギルドを後にする。

 その背に、リズが小さく舌を出していた。


「ふん、堅物神官め……レンにちょっかい出す女は、神様でも許さないんだから」


 俺は力なく笑って、ため息をついた。


「……面倒なことになったな」


「レンさん……」


 メルが俺の袖をぎゅっと掴む。

 そして小さな声で言った。


「大丈夫です……わたし、信じてますから」


 その言葉に、ほんの少しだけ、心が軽くなった気がした。

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