12.ウサギにモテても嬉しくねーんだよ!
朝の陽光が差し込むレンの部屋。安アパートとは思えないほど清潔で、冒険者になってからの暮らしにもだいぶ慣れてきた。
「レン、起きてるー? 今日ギルド行くって言ってたよね?」
部屋の外から聞こえてくるのは、元気なリズの声だ。
レンはため息をひとつ吐いて、立ち上がった。
「……女嫌いの俺が、毎朝こうして女に起こされる日が来るなんてな……」
昨日の天界騒動が嘘のように、今日は平和な朝だった。
――いや、平和なのは空気だけだ。内心ではまだ、あの修羅場を引きずっている。
それでも、今日も依頼をこなさねばならない。レンは準備を整えて、リズとメルとともにギルドへ向かった。
◇
「おお、来たか。レン、リズ、メル。お前たちにちょうどいい依頼があるぞ」
ギルドマスターが差し出したのは、一枚の依頼書。内容は、街道沿いに現れた魔物の群れを調査・討伐するというものだ。
「このあたり、最近ちょっと変な動きがあってな。お前らみたいな機動力のあるパーティにお願いしたい」
「え、でもこれ、三人で大丈夫なんですか?」
メルが少し不安げに訊ねると、ギルドマスターは頷いた。
「数は多くねぇ。だが様子を探ってくるのが主目的だ。下手に深入りせず、情報だけ持ち帰ってくれりゃ十分だ」
「なるほど、偵察兼ねた軽めの討伐依頼か」
レンは納得し、依頼書を受け取った。
「じゃ、出発しようか」
リズが弾む声で言う。今日も元気いっぱいのようだ。
◇
街を出て、街道沿いの林道を歩く三人。木漏れ日が気持ちよく、鳥のさえずりがどこかのどかだった。
「ねえレン、最近ちょっと丸くなったよね?」
歩きながらリズが言う。
「どこがだよ」
「だって、前なら絶対こんな風に女と並んで歩こうともしなかったじゃん」
「……しかたねぇだろ、フェロモンで勝手に寄ってくるんだから」
「素直じゃないな〜」
リズが笑い、隣でメルがくすっと笑みを漏らす。
レンは不機嫌そうに前を向いて歩くが、その頬はうっすら赤い。
そのとき――
「ん? 何か……音がしないか?」
耳を澄ますと、木々の奥からわずかに草を踏み鳴らす音が聞こえた。
「気をつけてください」
メルがすっと杖を構え、リズも剣に手をかける。
「まさか、もう魔物が……?」
レンは腰の剣を引き抜き、前方をじっと見据えた。
数秒後、木々の間から現れたのは――
「……って、ウサギ?」
しかしそのウサギ、体長が人間大に迫っていた。
「ちょっと待て、あれ、明らかに魔物化してるぞ……!」
リズが叫び、巨大ウサギの目がぎらりと赤く光る。
平和な冒険のはずが、一筋縄ではいかない展開になりそうだった――。
「リズ、右から回り込んでくれ! メル、援護射撃頼む!」
レンの声に即座に応じて、二人の少女が動いた。巨大ウサギはその名に似合わぬ素早さで跳ね回っているが、三人の連携もなかなかのものだ。
「それっ!」
リズは草原を駆け、ウサギの突進を華麗に回避しつつ、その脇腹に剣を滑らせた。肉を裂く鈍い音がして、ウサギが一瞬のけぞる。
「当てます、レンさん……!」
メルが弓を引き絞り、鋭く狙いすました矢を放つ。矢は一直線に飛び、ウサギの前足に命中。バランスを崩した隙を、レンは見逃さなかった。
「もらったっ!」
剣を振り抜き、レンの一撃が決まる。巨体がよろめき、やがてその場に崩れ落ちた。
「……ふぅ、意外とあっさりだったな」
「レン、それ、三回目くらいのセリフだよ」リズが苦笑しながら剣を納める。
「慢心は禁物です。この森の魔物は、油断すると本当に危険ですから」
メルは冷静な口調で言いながらも、尻尾が軽く揺れていた。たぶん、機嫌は良い。
「はいはい、気をつけますって」
レンは肩をすくめながらも、どこか心が安らぐのを感じていた。
女嫌いだったはずの自分が、今ではこうして女性たちと一緒に冒険をしている。
しかも、なんだか居心地が悪くない……いや、むしろ──
「……慣れてきた? いや、ダメだろ俺……」
ぼそっとつぶやいた瞬間。
「……あれ、何か来てる……っていうか、めっちゃ来てない?」
リズが草原の先を指差した。
見ると、森の奥から、もふもふした巨大ウサギたちがぞろぞろと現れていた。しかも、どれも雌ウサギらしい。
「……おい、うそだろ。またかよ……」
レンは思わず額を押さえた。
そう、あのスキル――『フェロモン』。
自分の半径5メートル以内にいるすべての“メス”を引き寄せるという、まさに呪いに近いスキルが、今まさに本領を発揮しようとしている。
「レン、なんでこっち向かってくんの!?」
リズが叫ぶ。
「レンさんの匂いに反応しているようですね……このままでは、また包囲されてしまいます」
メルがすっと弓を構えるが、数が多すぎる。
「うぉぉおおい! 俺、ウサギに好かれても嬉しくねぇんだよっ!」
叫ぶレンを先頭に、三人は森の中へ全力疾走するのだった。
草原を全力で駆け抜け、ようやく巨大ウサギたちの追跡を振り切った三人は、へとへとになりながら街へ戻ってきた。
「っはぁ……っ、も、もうダメ……! 足が棒になりそう……」
リズが地面にへたり込み、両手で膝を抱え込む。
「すみません、レンさん。わたしの矢では数が多すぎて……」
「いや、気にすんな。二人ともよく頑張ったよ。てか、フェロモンが元凶だしな……」
自分のせいでまたしても無駄に追われたことに、レンは眉間を押さえる。
そのまま三人はなんとかギルドまでたどり着いた。木製の大きな扉をくぐると、冷えた空気とにぎやかな声が迎えてくれる。
「ただいまー……って感じだな」
「やっぱり街の空気って、ホッとするよねぇ……」
リズが深く息を吸い込むと、受付の奥からギルド嬢が手を振ってきた。
「おかえりなさい、橘さん、リズさん、メルさん。討伐任務の報告ですね?」
「はい、巨大ウサギは討伐完了っす。たぶん、現場に毛皮と血痕が残ってると思います」
レンが肩をすくめつつ答えると、ギルド嬢は手慣れた様子で書類に何かを記入し始めた。
「確認済みとみなします。討伐報酬は一人あたり銀貨三枚になります」
「やったー! これで今夜はちょっと良いもの食べられるかも〜!」
リズが歓声を上げる横で、メルがちらりとレンを見て小さく笑った。
「お疲れ様でした、レンさん。今日は少し、楽しめましたか?」
「……ま、楽しかったかもな。追いかけられなければ、だけど」
レンが小さく笑って返した。




