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12.ウサギにモテても嬉しくねーんだよ!

 朝の陽光が差し込むレンの部屋。安アパートとは思えないほど清潔で、冒険者になってからの暮らしにもだいぶ慣れてきた。


「レン、起きてるー? 今日ギルド行くって言ってたよね?」

 部屋の外から聞こえてくるのは、元気なリズの声だ。


 レンはため息をひとつ吐いて、立ち上がった。


「……女嫌いの俺が、毎朝こうして女に起こされる日が来るなんてな……」


 昨日の天界騒動が嘘のように、今日は平和な朝だった。

 ――いや、平和なのは空気だけだ。内心ではまだ、あの修羅場を引きずっている。


 それでも、今日も依頼をこなさねばならない。レンは準備を整えて、リズとメルとともにギルドへ向かった。



「おお、来たか。レン、リズ、メル。お前たちにちょうどいい依頼があるぞ」


 ギルドマスターが差し出したのは、一枚の依頼書。内容は、街道沿いに現れた魔物の群れを調査・討伐するというものだ。


「このあたり、最近ちょっと変な動きがあってな。お前らみたいな機動力のあるパーティにお願いしたい」


「え、でもこれ、三人で大丈夫なんですか?」

 メルが少し不安げに訊ねると、ギルドマスターは頷いた。


「数は多くねぇ。だが様子を探ってくるのが主目的だ。下手に深入りせず、情報だけ持ち帰ってくれりゃ十分だ」


「なるほど、偵察兼ねた軽めの討伐依頼か」

 レンは納得し、依頼書を受け取った。


「じゃ、出発しようか」

 リズが弾む声で言う。今日も元気いっぱいのようだ。



 街を出て、街道沿いの林道を歩く三人。木漏れ日が気持ちよく、鳥のさえずりがどこかのどかだった。


「ねえレン、最近ちょっと丸くなったよね?」

 歩きながらリズが言う。


「どこがだよ」

「だって、前なら絶対こんな風に女と並んで歩こうともしなかったじゃん」


「……しかたねぇだろ、フェロモンで勝手に寄ってくるんだから」

「素直じゃないな〜」

 リズが笑い、隣でメルがくすっと笑みを漏らす。


 レンは不機嫌そうに前を向いて歩くが、その頬はうっすら赤い。


 そのとき――


「ん? 何か……音がしないか?」


 耳を澄ますと、木々の奥からわずかに草を踏み鳴らす音が聞こえた。


「気をつけてください」

 メルがすっと杖を構え、リズも剣に手をかける。


「まさか、もう魔物が……?」


 レンは腰の剣を引き抜き、前方をじっと見据えた。


 数秒後、木々の間から現れたのは――


「……って、ウサギ?」


 しかしそのウサギ、体長が人間大に迫っていた。


「ちょっと待て、あれ、明らかに魔物化してるぞ……!」

 リズが叫び、巨大ウサギの目がぎらりと赤く光る。


 平和な冒険のはずが、一筋縄ではいかない展開になりそうだった――。


「リズ、右から回り込んでくれ! メル、援護射撃頼む!」


 レンの声に即座に応じて、二人の少女が動いた。巨大ウサギはその名に似合わぬ素早さで跳ね回っているが、三人の連携もなかなかのものだ。


「それっ!」


 リズは草原を駆け、ウサギの突進を華麗に回避しつつ、その脇腹に剣を滑らせた。肉を裂く鈍い音がして、ウサギが一瞬のけぞる。


「当てます、レンさん……!」


 メルが弓を引き絞り、鋭く狙いすました矢を放つ。矢は一直線に飛び、ウサギの前足に命中。バランスを崩した隙を、レンは見逃さなかった。


「もらったっ!」


 剣を振り抜き、レンの一撃が決まる。巨体がよろめき、やがてその場に崩れ落ちた。


「……ふぅ、意外とあっさりだったな」


「レン、それ、三回目くらいのセリフだよ」リズが苦笑しながら剣を納める。


「慢心は禁物です。この森の魔物は、油断すると本当に危険ですから」


 メルは冷静な口調で言いながらも、尻尾が軽く揺れていた。たぶん、機嫌は良い。


「はいはい、気をつけますって」


 レンは肩をすくめながらも、どこか心が安らぐのを感じていた。

 女嫌いだったはずの自分が、今ではこうして女性たちと一緒に冒険をしている。

 しかも、なんだか居心地が悪くない……いや、むしろ──


「……慣れてきた? いや、ダメだろ俺……」


 ぼそっとつぶやいた瞬間。


「……あれ、何か来てる……っていうか、めっちゃ来てない?」


 リズが草原の先を指差した。


 見ると、森の奥から、もふもふした巨大ウサギたちがぞろぞろと現れていた。しかも、どれも雌ウサギらしい。


「……おい、うそだろ。またかよ……」


 レンは思わず額を押さえた。


 そう、あのスキル――『フェロモン』。

 自分の半径5メートル以内にいるすべての“メス”を引き寄せるという、まさに呪いに近いスキルが、今まさに本領を発揮しようとしている。


「レン、なんでこっち向かってくんの!?」


 リズが叫ぶ。


「レンさんの匂いに反応しているようですね……このままでは、また包囲されてしまいます」


 メルがすっと弓を構えるが、数が多すぎる。


「うぉぉおおい! 俺、ウサギに好かれても嬉しくねぇんだよっ!」


 叫ぶレンを先頭に、三人は森の中へ全力疾走するのだった。


 草原を全力で駆け抜け、ようやく巨大ウサギたちの追跡を振り切った三人は、へとへとになりながら街へ戻ってきた。


「っはぁ……っ、も、もうダメ……! 足が棒になりそう……」


 リズが地面にへたり込み、両手で膝を抱え込む。


「すみません、レンさん。わたしの矢では数が多すぎて……」


「いや、気にすんな。二人ともよく頑張ったよ。てか、フェロモンが元凶だしな……」


 自分のせいでまたしても無駄に追われたことに、レンは眉間を押さえる。


 そのまま三人はなんとかギルドまでたどり着いた。木製の大きな扉をくぐると、冷えた空気とにぎやかな声が迎えてくれる。


「ただいまー……って感じだな」


「やっぱり街の空気って、ホッとするよねぇ……」


 リズが深く息を吸い込むと、受付の奥からギルド嬢が手を振ってきた。


「おかえりなさい、橘さん、リズさん、メルさん。討伐任務の報告ですね?」


「はい、巨大ウサギは討伐完了っす。たぶん、現場に毛皮と血痕が残ってると思います」


 レンが肩をすくめつつ答えると、ギルド嬢は手慣れた様子で書類に何かを記入し始めた。


「確認済みとみなします。討伐報酬は一人あたり銀貨三枚になります」


「やったー! これで今夜はちょっと良いもの食べられるかも〜!」


 リズが歓声を上げる横で、メルがちらりとレンを見て小さく笑った。


「お疲れ様でした、レンさん。今日は少し、楽しめましたか?」


「……ま、楽しかったかもな。追いかけられなければ、だけど」


 レンが小さく笑って返した。

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