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恋に落ちたその日から  作者: ハエ叩き
1/1

プロローグ:それは、春の匂いがした

春は、いつだって微妙に苦手だ。

風が少し冷たく感じたり、花粉が目にしみたり、何だか調子が狂う。

でも、なぜか毎年春が来ると、心のどこかで「今年こそは」と期待してしまう自分がいる。

それはきっと、春が「新しい何か」を感じさせてくれるからだろう。


新学期。

俺、藤田祐介は、またしても変わらない日常を迎えることになった。

毎年のように、少しの不安とともに、少しの希望を胸に学校へと向かうのだ。


一年前と同じように、クラスメートたちは元気に話している。

何も変わらない、変わりようがない。

けれど、心の中には一つ、確かな違和感があった。


席に着くと、何となく周りを見渡す。

新しい顔ぶれも、古い顔ぶれも、特に気になることはない。

俺はただ、黙々と自分の席に座り、教科書を広げる。

こうしていると、誰にも話しかけられずに済むし、何かを考えたりする余裕もなくなるから、ちょうど良い。


それが、俺の「居心地の良い」スタイルだった。


——でも、そんな日常が突然、変わり始める。


「すみません、ここ、いいですか?」


その声は、思ったよりも近くで聞こえた。

顔を上げると、見知らぬ女子が目の前に立っている。

黒髪の少し長めの髪を、軽く束ねた彼女は、ぎこちなく微笑みながら言った。


「え、ああ、どうぞ。」


彼女は、なぜか不安げに目を伏せると、静かに席に座った。

その瞬間、俺は何となく、彼女のことが気になった。


彼女の名前は、綾瀬ひより。

すぐに知ることになるが、その時はまだ何もわからなかった。


「よろしくね。」

と、彼女が柔らかな声で言うと、俺はうっすらと「よろしく」と答えた。

その後、授業が始まり、すぐにまた日常が戻ってきた。


でも、俺の中に少しだけ引っかかる感覚が残った。


ひよりの笑顔が、どこか寂しげだったこと。

その目に、何かを隠しているような、うっすらとした不安が漂っていたこと。

それが、あまりにも印象的だった。


その日から、俺とひよりは、同じクラスで顔を合わせることが増える。

最初はただ、席が隣だから、気まずさを感じないように会話を交わしていた程度だった。


だけど、どうしてだろう。

ひよりと話すたびに、俺の中にある「何か」が次第に変わっていくのを感じるようになった。


「今日は、なんだか眠いね。」

そんな、何気ない会話から始まった。

彼女は、まるで自分の気持ちを隠すように、あまり目を合わせてこなかったけれど、それが逆に俺には心地よかった。

言葉少なで、でもちょっとした笑顔を見せてくれるその感じが、何だか癒されるような気がした。


——その時は、まだ知らなかった。

彼女が抱えている秘密や、彼女の本当の姿について。


ひよりのことを知るにつれて、俺は次第に自分が彼女に惹かれていくのを感じるようになる。

最初はその感情をただ「仲良くなったから」だと思っていたけれど、少しずつそれが違うことに気づく。


恋だった。


その時、俺は心の中で気づいた。

ひよりに対する「友情」なんてものではない、もっと深い感情が芽生えていたことに。

でも、それをどうしても認められない自分がいた。


俺の中で、恋に対する感情は遠くに置き去りにされていたからだ。

他人との距離を取りながら、できるだけ波風を立てずに過ごす日々が、どこか心地よくて、そんな感情から目を背けていた。


けれど、ひよりと過ごす時間が増えるたびに、俺の気持ちは抑えきれなくなっていった。


——そして、ようやく気づいた。

恋に落ちたその日から、何もかもが少しずつ変わり始めていたことに。


ひよりとの関係が深まる中で、俺はどんどんと、自分が知らなかった「自分」を発見していくことになる。


それが、春の匂いとともに、少しずつ俺の世界に色をつけていくことになる。


でも、ひよりには俺に言えない秘密があった。

それが、二人の関係に暗い影を落としていくことになる——。

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