第七十五話:幽霊船
商業港町ヴァルナの船着き場。ファリドゥーンからパヤナークの半身かもしれない海蛇の存在を聞いた三雲達は丁度漁に出ようとしていた船に頼み込み、乗船許可をもらったのであった。
「しかし変わった姉ちゃんたちだなぁ・・・あの化け物を見てみたいなんて」
舵を切りながら話す船長の言葉に三雲は苦笑いを浮かべる。その様子をすこしげっそりしたガルムと背を摩るマルチェラが眺めており、ギブソンと白蓮が船の上から海面に異変がないかどうかを警戒している。
そして三郎だが、人型のままでは色々とまずいため蛇の姿に変じ三雲の胸元に隠れていた。
「あの、いざとなれば我々が対応しますから・・・」
「エルフのお嬢ちゃんはそう言ってるが・・・大丈夫なのかい?アンタら見たところ冒険者のようだが・・まだランクは低いんじゃないか?」
「おっしゃる通りなんですけどね・・・でもご安心を!船の皆様の安全はお守りしますから!」
三雲はそう言うと静かに海上を見つめながら船長に話を聞いた。
「・・・砂竜と同時期に現れたんですよね?その海蛇。」
「おうよ・・・実はヤツを最初に見たのも俺たちでな」
「えっ!?」
驚く三雲に船長はさらに話を続ける
「その日は波も穏やかで面白いくらいに魚が上がってよ・・・久しぶりに旨い酒でも買えるなぁ、なんて考えていたんだが・・・急に海が凪いでな。」
「凪いだ・・・・。」
「何が何だかわけがわからなかったんだが・・・そしたらさっきまで晴れていたはずの青空に黒雲がかかって来やがったんだ・・それに答えるかのように波が荒れ始め・・そして船主の前にヤツが顔を出したんだ」
顔を青ざめる船長の言葉に三雲が心の中で三郎に声をかける
『・・・・三郎、もしかして・・・』
『ん~・・・ドンピシャだねぇ、嫁御殿。』
「?・・・おい、大丈夫か姉ちゃん。」
「え!?あ、大丈夫ですよ?」
不思議そうに見つめてくる船長に三雲がそう答えたその時、先ほどまで吹いていたはずの風が急に弱まり船が止まってしまった。
「っ!?これは・・・・」
「・・・・三郎。」
「ん~・・・・・」
先ほど聞いた海蛇が出現した時と似たような状況に三雲が声を潜めるが当の三郎は何やらあくびをしながら周囲を見渡す
「・・・ち、ちょっと、なにその気の抜けた返事。」
「嫁御殿さぁ・・・・コレ、件の海蛇じゃあないね」
「え?・・・」
三郎の言葉に三雲が首を傾げると、周囲に濃霧が立ち込め始める。その様子に他の船員たちは何が起こったのかわけもわからず周囲を見渡した。その時
ーーー ギギィ・・・・ギぃ・・・
「な・・何?」
「何かが軋む音?」
周囲に響く音に、マルチェラとガルムが警戒態勢をとったその時だった
「し、指揮官殿!!あれを!!」
ギブソンの声に三雲は船主に走り海の彼方を見つめるとソレはあった
ボロボロの船体に、風もないはずなのに寂し気に揺れるボロボロの白い帆。
鈍い、地の底を這うようなギギィ、と気のきしむ音に交じり聞こえる
ーーーー 笑い声と、すすり泣く声
「まさか・・・アレって・・・・」
驚く三雲に三郎が愉快そうに声を漏らす
「こっちの世界にもあるんだねぇ・・・・・・【幽霊船】」
「あるんだねぇ・・・・じゃないわ!!なに愉快そうにしてんのさ!!」
三郎の様子に三雲は頭を掻き隣に立つ白蓮を見た
「せ、先生。もしかしてですけど・・・この霧って・・・」
「うむ。この船のせいじゃな」
「えぇ~・・・・・」
白蓮の言葉に三雲は肩を落とすと腰を抜かしている船長を見る
「・・・あのぅ、船長さん。幽霊船ってちょくちょく出るんです?」
「ば、馬鹿野郎!んなわけあるか!俺たち船乗りの間でもっとも恐れられている存在・・それがあの幽霊船なんだぞ!?」
「ですよねぇ・・・・・・・?・・・」
困ったように腕を組み溜息をつく三雲だったが、ふとこそこそとガルムをひっぱりながら船の中に隠れようとするマルチェラの姿が視界を横切った
「・・・・・・・マルチェラさんや」
「ひょぇ!?」
「幽霊苦手なタイプ?」
「・・・・・・はぃ」
「アンデット系モンスター、苦手?」
「・・・に、逃げてましたぁ・・・」
ここにきてパーティー唯一のヒーラーの弱点に三雲はやれやれとため息をつくとガルムに視線を移した
「ガルム、悪いけどマルチェラの事頼んだよ。」
「あ、あぁ・!、ミクモ・・お前まさか・・・」
「だって・・・たぶんこの船追っ払わないと私たち霧の中だよずっと。」
そう返して三雲は静かに幽霊船を見つめた