第三話:逃走
「うわああああああああああああ!!!!」
三雲の叫び声が玉座の間に木霊する。
--- 殺してしまった
右手に握られた刀の刃先にべったりとこびりついた血液が、鼻を刺激する鉄錆のような香りが
そして己の頬に飛び散った血液の生暖かさが今起きていることは紛れもなく現実であると三雲に思い知らせた
違う。自分はそんなつもりは無かった
「か、体が・・・今、勝手に!」
そうだ、自分は殺す気なんて一切無かったのだ。
それがいつの間にか己の意思とは関係なく体が勝手に動き、兵士の首を斬り飛ばしたのだ
「・・・やはり災厄の勇者であったか」
戸惑う三雲にギュスターヴはさらに険しい表情を浮かべると狼狽える兵士達に声を荒げた
「ギネヴィア妃殿下、並びに勇者候補を安全な場所へ!!残る精鋭はあの災厄を討ち取れ!!!」
その声に他の兵士達は一斉に剣や槍を構えて三雲に襲いかかる
「だッ・・・・駄目だって!!!〝私に寄ったら〟駄目なんだってば!!!」
これ以上の犠牲を増やすわけにはいかない三雲は必死に声を上げるも、やはり三雲の体は本人の意思とは真逆の行動を取った
「この悪魔め!!」
槍のひと突きを紙一重で避ければ三雲の体は姿勢を低くし敵兵の懐に潜り込む動作をし
「がッ・・あ゛、ぇ゛」
下段から突き上げた刀の刃先が敵兵の顎から鼻頭までを貫きそのまま肉を切り裂いた
「なん、で・・・なんで体が勝手に!?」
横に薙いだ剣を刀身で受け止め相手の力を利用し転ばせればその喉元に刃先を突き刺す。
体の軸を利用し体重をかけた回転斬りで敵兵の首を数人斬り飛ばす
--- 自分は、どうなってしまったのだ?
--- 今、己の体に何がおきている?
確かに祖父母に預けられてからは祖父に度々護身術や剣術を学んではいた。
そのお陰か高校で地区大会、大学では県大会二位を勝ち取るまで強くはなったはずだ
しかし、所詮自分は女であるしなにより実践する機会なんて訪れる筈がないのだから大して威力も無いはずなのだ
それが今、そんな自分は数人の兵士相手に・・多くの死線をくぐり抜けてきたであろう猛者相手を圧倒し打ち負かしている
「何なんだよこれは!!!」
いつのまにか、三雲の周りには多くの死体が転がっており足元にはまっ赤な血溜まりが絨毯をじわじわと染めながらその範囲を広くしていた
「なんで・・・なんで体が勝手に、私そんな、殺そうなんて!!」
【音声ナビゲートを開始します】
パニックになる三雲の声に反応するかのように、機械的な声が響くとステータス画面が空中に浮かび上がる
「!・・・・祟り龍の、呪い?・・・」
【祟り龍の呪い。対象者の身体を強化し魔力や技の威力を極限まで向上。また、光属性魔法や状態異常の効果も無効化。デメリットとして対象者に敵意を向ける者を抹殺対象とみなしソレが人間であればなんであろうと殺戮の限りを尽くすまで収束不能となります】
「なんだよ、ソレ・・・・そ、そんなわけわからないギフトなんて要らないって!!なんとかしてよ!」
【ギフトの無効化、消滅させる事は不可能です】
淡々とした声でナビゲートが返答すれば三雲は苛立ったように声を荒げた
「巫山戯んな!!!いきなり訳もわからず召喚されてわけわからないギフトなんてつけられて挙げ句解除できないなんて馬鹿にしてんのか!!私が何したってんだよ!!」
しばらくの沈黙があった後、ナビゲートは淡々と説明をした
【回答。このスキルの原因は三雲様ご自身に憑依しているモノの影響を受けている事にあります】
「っ!!・・・・わたし、の・・・」
【憑依対象のステータスを検索、モニターに表示します】
驚く三雲だったが声が聞こえたのち自分のステータス画面の横にまた新たなステータス画面が浮かび上がった
名前:【隲剰ィェ譏守・樔ク蛾ヮ隲乗婿】
危険度ランク:SSS
推定レベル:550
種族:龍種
名前の部分は文字化けしており解読は不可能であったが他に表示された数値に三雲や夜達を除く他の兵士や騎士たちは表情を青ざめた
「き、危険度ランクSSS!?伝説上のランクじゃなかったのか!?」
「そ、それに推定レベルが550って・・・あの〝魔竜王ヴリトゥラ〟と同格!?」
「馬鹿!!そんなの問題じゃねぇだろ!!龍種だぞ!?やっぱりあの勇者候補は災厄の象徴だったんだ!!」
響めく兵士達を他所に、騎士団長ギュスターヴ・アグラヴェインは握られた剣を両手で強く握ると力を込めた
「・・・・もはや容赦は要らぬようだ。我が部下たちを斬りふせた貴様の罪、女神より授かりせし聖剣が一振り〝セクエンス〟にて滅してくれる!!」
アグラヴェインの声に答えるかのように輝く光の粒子がセクエンスに集まり始めるとそれはみるみるうちに光り輝く黄金の剣になった
「っ!?」
「魂さえも残らず消し飛ぶが良い!!・・・・〝聖地守護せし黄金の一撃~セクエンス・カリバーン~〟!!!!」
セクエンスから放たれた黄金の斬撃が三雲に向かって放たれる。
この聖剣から放たれる高威力の斬撃はどんな強者や魔術を極めた物でも回避する事は不可能とされた究極の一撃である
真正面から食らえば最期、文字通り魂さえも跡形も無く消滅する裁きの一撃とされていた
しかし
「ーーーー !?」
その裁きの一撃を、夜の闇のような黒い靄が受け止め霧散させたのである
「ば、馬鹿な!!」
「アグラヴェイン団長のセクエンスの一撃が・・・塞がれた!?」
三雲の影から突如現れた巨大な黒い靄はセクエンスの一撃を軽々と受け止め霧散させれば、やがてその靄の中からずるりと人影が現れた
「・・・・畏れを知らぬ人間風情が・・大事な嫁御殿に随分無礼な扱いをするじゃあないか。」
煤色の狩衣を身に纏い、頭から曇天色の被布を羽織ったその頭には一本の鹿のような角
沼底のような色をしたざんばら髪で顔には経文の書かれた包帯をぐるぐると巻き付け
唯一見える左目からは血のような赤い瞳がこちらを見つめていた
「う、うわああああああああああああ!!!!」
「り、龍種だ!!逃げろ!!俺たちじゃ敵わねぇ!!」
突如現れた謎の男に兵士達は怯え我先にと玉座の間から逃げ出した。
しかしアグラヴェインはセクエンスを構えたまま目の前の男に殺気を向けるのを止めることはしなかった
「邪龍め・・・・今ここで討ち取ってくれる。」
「俺もここに居る全員消し飛ばしてやりたい所なんだが・・・生憎、嫁御殿の状態も心配なんでねぇ。・・非常に癪ではあるが・・・逃亡させてもらうよぉ。」
アグラヴェインの言葉に男はニヤリとわらい指を鳴らせば黒い靄が三雲と男を包み始める
「ま、待って!!止めろ!!まだ夜ちゃん達が!!」
「・・・関係ないねぇ。」
三雲が止めるのも聞かずさらに黒い靄はどんどん二人を包み込んで行く
「ッ・・・・・夜!!!!」
完全に視界が闇に染まる前に三雲は声を張り上げ夜に叫んだ
「み、三雲さ・・・」
「ーーーー 皆を頼む。」
そうして、完全に靄が二人を包み込めばソレは黒い光の玉となり玉座の間から姿を消したのだった。
同時刻、ハイランド大陸、ユグドラ国内の町ビャルカン付近にて
「ふむ?・・・・」
草原に寝転がり空を眺めていた狐耳の少女がむくりと起き上がる。その様子に隣で同じく体を丸くしていた一匹の大きな猫が声をかけた
「どうした?同胞よ。何か感じたか?」
「いやなに・・・・・ちと〝懐かしい気配〟がしてのぅ。」
猫の言葉に狐耳の少女はそう言うと小さく笑みを浮かべ、また空を見上げた。