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9.ラミッタの決心

  竜騎士団長のジェルダは、ラミッタに言葉を投げかける。


「夢で空を飛ぶより、実際に飛んでみる方がいいだろう。あさってからの訓練に付き合うぞ。眠りすぎでなまった体にもいいだろう。どうだ?」

「……」


 ピッコと別れたばかりだし、仮入団であっても、やはり父を説得しなくてはならない。それでも、心の熱は増すばかりだ。すでにラミッタのなかに頷きたい気持ちは育っている。


「幼い魔物は、気づかないうちに人の住む領域に迷い込むこともある。ピッコはきっとそのうちの一匹だったんだろうな。竜を操ることができれば、そんな魔物を森へ戻すことだってできるんだ」


 ラミッタははっとする。

 団長の言葉は、解き放たれた矢のようにまっすぐ心に届いた。


 ラミッタは大きくつき動かされていた。

 ピッコを失った気持ちが、何か変わりつつある。


 もしも自分がこれから、たくさんのピッコのような魔物を、自分自身の手で還すことができるなら。


 そんなラミッタの強い想いを隣の友は感じ取ったのだろう。


「ねぇ、ラミッタ」


 アルマは呼びかける。


「私、やっぱりラミッタと一緒に竜騎士団に入りたいの。一緒に頑張りたいと思っているのよ」

「うん、私も。アルマと一緒に空を飛びたいよ」


 ラミッタの声には力がこもっていた。


「……それじゃ、二人とも前向きに検討してもらえるかな」


 様子を見ていたジェルダが、遠慮がちに問いかけた。


「はい。私、行きたいです。行きます」


 いつの間にか、ラミッタは勢いよく返事をしていた。


「私も行きます」

 

 アルマもはっきりと返事をする。

 ジェルダは微笑んだ。


「そうか。待っているぞ。私はこれから夜の巡回に戻るから、またな」

「はい。あの……」


 ラミッタは、巡回の仕事の邪魔をしてしまったのだと思い至った。


「団長には大変ご迷惑をおかけして……」


 謝ろうとすると、ジェルダは急に大きな咳払いをする。謝罪は必要ないという意味なんだと察して、ラミッタは一旦口を噤む。すると。

 ジェルダは滔々と言葉を紡ぎ出す。


「赤竜ほど素早く飛べる生き物はいない。それを操り一緒に空を飛べるんだ。竜騎士は日々の鍛錬が厳しいと言えば確かにその通りだろう。だが、空に憧れ、飛びたい気持ちさえあればきっと乗り越えられる。私とともに空を翔け抜けよう」


「出た。団長の十八番(オハコ)


 サリアが呟き、アルマがこくりと頷いている。

 ラミッタの澄んだ青空のような瞳に輝きが甦る。憧れの団長の憧れていた言葉に、笑顔で答えた。


「はいっ。よろしくお願いします」




 翌日、ラミッタの家にサリアとアルマの姿があった。

 ピッコのことを報告する必要があるからだ。サリアは竜騎士団の制服姿で、アルマは付き添うように一緒に訪れた。


 ラミッタの両親は、ピッコが魔物だったことには気づくことができず、ただ驚いていた。


「私も、最初は分からなかったんだけど、だんだん変だなって……。でも、ピッコと離れたくなかったんだよ。ごめんなさい」


 ラミッタは素直に謝った。


「大変だったわね、ラミッタ。でも、ちゃんと手放せたのは偉かったわよ。被害に遭われた農家の人には一緒に謝りに行くからね」

「……ありがとう、お母さん」


 母の思いやり深い言葉は、胸に響いていく。


 母だけではない。アルマやサリア、それにジェルダ団長も。みんな自分を助け、労わってくれた。みんな優しかった。

 心の奥底から、たくさんの感謝の想いが湧き上がってきた。

 そして、これから先、みんなの気持ちにきっと自分は応えることができるんだ、と突然確信のようなものが心をよぎった。

 ラミッタは、自分のなかに何か熱い力が(みなぎ)るのを感じていた。


 サリアが母に説明する。


「魔物の被害については、この町の誰もが理解がありますから、ご心配なく。竜騎士団でも今回と似たようなケースは聞いたことがあるんです。それに、ラミッタが丁寧に飼っていて、餌をやったり世話をしていたからこそ、被害がこれだけ少なくて済んだとも言えるんですよ」

「そうですか」


 母が安堵の吐息を漏らす。その様子を窺い、サリアはひと呼吸置く。


「私からの話は、以上です。あとは、ラミッタから話があるのですが」


 促してもらえて、ラミッタは姿勢を正した。

 ここからが勝負どころだ。


「お父さんとお母さんに、話したいことがあるんだ」


 しっかりと告げると、両親に向き合う。


「私、明日からの竜騎士団の仮入団に行きたいと思ってるの」

「仮入団? そんな、急に何を言い出すの。ピッコのことで疲れたでしょ。慌てて何かしなくても……」


 困惑した顔で、母がじっと見つめてくる。


「私はもう大丈夫。今日、決めたいの。仮入団に行きたいけど、それだけじゃなくて、私は竜騎士になりたいんだ」


 一瞬にして、空気が重たく変化した。

 姉妹が驚いて、口を開けたまま固まっている。


 当然だ。打ち合わせと違うことをラミッタは言葉にしたのだ。




 ピッコと別れたその日。

 他でもない団長のジェルダに誘われて、ラミッタはすっかり仮入団に行く気に満ちていた。けれど、考えてみれば、両親には何も話していない。というか、これまで反対されていたも同然なのだ。


「うわあっ、どうしよう」


 さすがにあとから策のないことに気づいて、ラミッタは頭を抱えた。けれど、サリアとアルマが協力を申し出てくれたのだ。

 サリアは「団長があまりにも唐突で強引だったから、私は口を挟む余地もなかったんだけど」などとぶつぶつ前置きをしつつ。


「とにかく、話すきっかけは作ってあげるから。もしもご両親が反対しても、仮入団は三日だけのことだから何とかなるはずだよ。こっちもできるだけフォローしてみせるから、頑張って」

「私も応援するから」


 姉妹のありがたい言葉に、ラミッタは神妙に頷いたのだった。


 けれど、実際に口にしたことは、仮入団の話だけではなかった。




「あの、お父さんとお母さんの期待に沿えなかったら、ごめんなさい。私は、農場の仕事だって嫌いじゃなかった。蒔いた種が芽を出して大きくなって収穫できたし。牛や羊だって、世話をしたら私のことを覚えてくれたし。大変なこともあるけど、楽しいことだっていっぱいあると思う。でも、それでも、私は竜騎士になりたいんだ。これまで見学に行ったりしていたけど、もう決めたいと思ってる。だから、明日からの仮入団に行きたい」

「ラミッタ……」


 母が名を呼ぶが、それ以上は何も言い出さない。

 ラミッタは胸の内に熱を感じながら続ける。


「私は、ピッコと夢のなかで空を飛んで、もうこれでいいかもって思ったこともあった。けど、やっぱり竜に乗って本当の空を飛びたいの。お父さんが竜騎士になるのは危険だって言ったことも、今は少し分かる。ピッコの本当の姿を見たときは、ショックだったし、ちょっと怖かったもの……」


 ラミッタの瞳にすっと暗い色合いが差し込んだ。けれど、太陽が一瞬雲に遮られただけだったかのように、すぐさま明るい輝きを取り戻す。


「だけど、私はピッコのことでみんなに助けてもらった。今度は私がみんなを助けるようなことがしたい。竜騎士になって、ピッコのように町に迷い込んだ魔物を早く森へ戻せるようにしたいんだ。そうすれば、私のような寂しい想いをする人も減るし、ピッコのような魔物も減らせるから。もちろん、町を守る大変な仕事だってことも分かってる。訓練が厳しくても、私は絶対に負けないから」


 父親に向かうと、続けた。


「私は、やっぱり竜騎士になりたい」

 

 ラミッタは、心臓が早鐘を打つのを感じる。


 何て言われるだろう。仮入団だけでなくここまで話してしまって、本当によかったのかな。

 熱い気持ちが溢れてきて、つい勢いで口に出してしまったけど……。もしかして、余計反対されるかも。


 父親は告げた。


「頑張りなさい、ラミッタ。いい竜騎士になれるように努力するんだぞ」

「えっ」


 思わず声を上げると、父親はすましたように尋ねる。


「どうした?」

「あの、だって、お父さん、あんなに反対してたじゃない。それなのに、何で、何であっさり……」


 しどろもどろになってしまう。

 ラミッタの父の眼差しは穏やかだった。


「何となくなりたい、だけでは曖昧で、危ういことなんだ。けれど、目標をもって本気で望むのなら、危険もぐっと減るものだ。一人娘で、すっかり甘やかして育ててしまったと思っていたけど、自分でよくよく考えて、決断して話してくれたと分かったよ。そういう意味では、父さんも少しは安心して送りだせると思う。それに、ラミッタがピッコのことを乗り越えて頑張るというのに、応援してやらないわけがないだろう」


 一瞬感極まるが、ラミッタは心して言葉を口にした。


「ありがとう、お父さん。私、頑張るよ。ちゃんといい竜騎士になる」


 力強く宣言したあとで、アルマと互いに笑顔で目を合わせる。


 もう迷いはなかった。

 二人の明日は開けたのだった。


            

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