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8.友だちだから

「本当に夏に会ったときはびっくりしたけど、もう安心したよ。あ、でもね、ラミッタが具合いが悪いって聞いたときも、すごく心配したんだから」

「それなんだけど」


 ラミッタは、その話もしようと思う。


「少し前、農作業の仕事の日に、雨が降り続いていて中止になったことがあって。でも朝、ちょっと雨が止んだんだよね。仕事もないし、今ならアルマの家に行けるかもって急に思いついたんだ。雨が降る前にアルマに会えるかなって」

「あとから私に会いに行こうとしたってこと?」

「うん」


 アルマとのやり取りを思い返すたびに、ラミッタは胸が締めつけられるように痛んだ。時を戻したいとさえ願った。とにかく、会って話さなくては、と外へ出たのだ。


「もう一度会って、アルマに謝って、本当は竜騎士になるのやめた、なんてことはないって言いたかったんだよ。それに、あのときはピッコのことも全部話しちゃおうかなって思った。やっぱりアルマにだけは、私のこと知ってほしいと思い直したから」

「そうなんだ。ラミッタにそう思ってもらえたのなら、ほっとするよ」


 アルマはふわりとした嬉しそうな顔になった。

 話せたらよかったのになあと、ラミッタは今更のように残念に感じる。


「でも、行ってみたら山を降りたところで、急に大雨になって」


 ラミッタの言葉に、アルマがはっとして声を出す。


「もしかして、橋が……」

「うん、そう。橋が水に浸かっていて、渡れなかった」

「そうだったんだ」


 アルマの家に行くには、どうしても大きな川を渡らなければならない。


「どうにかして渡ろうと思ったんだけど、どんどん雨がひどくなって」


 まるで滝のような雨に遭い、ラミッタはずぶ濡れになった。夏場だと油断してしまったのもいけなかった。


「もう帰るしかなかったんだ。別の日に改めて行こうと思ったんだけど、そのあとすごく体が冷えてきて、具合いが悪くなって……」

「それで風邪引いたのね」

「うん。そのままになっちゃったんだ。ごめんね」

「ううん。私もね、ラミッタのこと気になってたんだよ。急に竜騎士にならないって言うのも変だし、いつもと様子も違っていたし。私だって、もう一回会いに行こうと思ったんだけど、魔物の話を聞いたから、なかなか行けなくなってしまったの」

「そうだったんだ」


 ラミッタは言葉を継いだ。


「風邪がすごく辛くて……でもね、眠ったらいつもピッコが空へ連れていってくれるんだよ。もっと前から眠いことは多かったし、ピッコと飛ぶ夢はよく見ていたけどね。具合いが悪くなってからは毎日たくさん見られるようになったんだ。そうしたら、体がラクになって。でも、どんどん眠る時間が増えていったんだよね」


 波にさらわれ、海底へ沈み込むように、眠りの世界へ誘われていった。深く潜ってしまえば、再び浮かび上がるのは困難なことだった。

 体は回復したものの、心のほうはむしろ弱まってしまった気がする。現実の問題に立ち向かう気持ちが薄れていた。


「夢の時間が大事になって、他のことはだんだん遠い世界のことみたいな気がしてきちゃった。心のどこかではやっぱりピッコは魔物なんだなって感じていたんだけど、それでももうピッコも夢もどうしても必要になっていたんだ」

「そうだったのね」

「今日、アルマが訪ねてきたときは、今更いろいろ言えないような気がして。それに、アルマが一緒に竜騎士団に、って言ってくれたときに、私は竜騎士になれないかもって気持ちが湧いてきてしまったんだ。ピッコが手放せないから、やっぱりアルマから離れなきゃって考えたし。でも、結局大変なところまで付き合ってもらっちゃったよね……」


 俯いたところで、ふと手に温かみを感じた。アルマが手を取ってくれている。


「友だちなんだから、大変なところだって付き合うんだよ、ラミッタ」


 アルマは呼びかけて、続ける。


「私はラミッタと一緒に悩んでもいいの。頼りないかもしれないけど、遠慮なんかしないで。何か問題があったら、一緒に考えるよ。それに今までだって、ラミッタは私のこといっぱい助けてくれたじゃない。いつも緊張をほぐしてくれたりして、本当に感謝しているんだから。これからも、私が悩んでいるときは、ラミッタがちゃんと聞いてくれるよね」

「うん、アルマは友だちだから」


 その返事に、アルマはまるで小さな花が開くような笑顔を見せた。


「アルマ、助けてくれてありがとう。それに、友だちでいてくれてありがとう」

「そんなの、当り前でしょ」

 

 わざとアルマが軽く言ってくれて、かえってラミッタは胸が温かくなってくる。

 これまでのたくさんのわだかまりがすうっと消えていき、心から安堵する気持ちになった。


 ヒヨコのピッコの面影が、まだ胸に焼きついている。二度と戻ってこないことも心をかき乱す。胸のうちに寂しさや切なさ、痛みを伴った感情が冷たく潜んでいる。

 けれど、その一番奥底に温かい光が放たれたような気がする。


 アルマと話してみて、ラミッタはようやく分かったのだ。

 ピッコのことを隠すためにアルマに嘘をつき、疎遠になってしまったことが、どれほど辛く自分の心にのしかかっていたのかを。

 大好きで大切なアルマと、再び仲良くできることになって、少しずつ心が癒されていくような気がする。

 自分はきっと大丈夫だと、ラミッタは思う。


 それに。

 私の翼は失われたわけではないんだ。

 アルマに、そのことを口にするのは、もう少し形になってからにしたいけれど。


 友人を見つめるうちに、ラミッタはふと思いついて話した。


「何だか、アルマって変わったよね」

「えっ」


 ヘーゼルの瞳を瞬いて、アルマは不思議そうな顔をする。


「前より自分の言いたいことをはっきり言うようになった気がする」

「そう?」

「うん、絶対そうだと思う」

「それは、ラミッタのおかげだよ」

「えっ、私の? 何で?」


 かかわっていなかった間に何かあったのかと考えていたので、ラミッタはただ首を傾げる。アルマは口元を綻ばせるだけで何も答えないのだった。




 いつしか夕闇が迫り、吹く風も冷えてきた。周りの木立は黒々とした影に包まれている。

 夜の色へと変わりゆく空から、翼のはためく音がして、やがて地面へ降り立つ振動が響き渡った。竜が騎士とともに戻ってきたのだ。

 竜騎士はしなやかな動作で竜から素早く降りた。こちらへ向かってくる。


「怪鳥は森へ逃げていったぞ」


 その声に聞き覚えがあって、ラミッタははっとした。


「ええっ、団長。団長が来るなんて思ってなかったですよ」


 出迎えたサリアの返答に、自分の聞き違いでなかったと知る。


「私じゃまずかったか?」

「まずいなんて誰も言ってません。ただ、私は今回の件で、竜と竜騎士を派遣してほしいって頼んだのです。わざわざ団長が来られるとは思ってなかっただけですよ。本当にありがとうございました」


 サリアが真面目な口調で答えている。

 団長のジェルダ自らが絶妙なタイミングで介入し、魔物のピッコからラミッタを守った。その上でピッコを森へと追ってくれたのだ。


「見学によく来てくれた子が魔物に巻き込まれていると聞いて、気になったんだ。事情を知ったら、自分で行きたいに決まっているだろう」


 当然だと言いたげなジェルダの声が響いてきた。


「母がいろいろ喋ったんですね」

「違う。私がつい訊いてしまっただけさ。ご苦労だったね、サリア」


 二人の交わす言葉をそれとなく聞くうちに、ラミッタは自然と体が動いた。

 赤い髪をなびかせた騎士団長に向かって、踏み出す。ピッコへの感傷に浸っている場合ではないと思えて。


「あのっ、ありがとうございました」


 憧れの人に助けてもらったことに、どきどきしながらも、深く頭を下げる。

 小さく頷いたジェルダは、優しかった。


「ピッコって言ったっけ。あの鳥のことは残念だったな。まあ、あいつらは森で生きていくしかないんだよな。棲みかに還したと思ってくれればいいんだがね」


 魔物は本来森に棲む。凶暴な魔物が多数出現した場合は、生態系を考えつつ、黒竜の騎士団をはじめとする者たちが狩りに行くケースもある。

 しかし、基本的には、人間にかかわることなく森のテリトリー内にいれば、赤竜の騎士はそれ以上魔物に干渉しないことになっていた。

 ジェルダと竜は、ピッコを追い払って森まで還したと言える。


 まだ心には小さなピッコの姿があるものの、ラミッタは「はい」としっかり返事をした。


「急に大事な物を失ったんだから寂しいよな。その気持ちが癒えてくるまで、しばらく休むのもいいだろう。だが、あさってからでも竜騎士団に来ないか。仮入団を受け付けるぞ」

「えっ」

「団長、それは……」


 アルマとサリアがそれぞれ驚いて声を上げる。

 けれど、ラミッタは何も声が出てこない。心のうちに、何か熱いものが芽生えたような気がしたのだ。


 そういえば、秋の仮入団は二日後からだった。


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― 新着の感想 ―
可愛らしいピッコとはもう会えないかも知れませんが、ラミッタがアルマとの友情の絆を一層深めることができて、良かったです。 「翼は失われたわけではないんだ」という言葉が、とても心に残りました。また、ピッ…
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