4.アルマの望み
竜騎士団の見学に来る子どもはたくさんいる。やはり空を飛ぶことに夢を見る子は多いのだろう。
アルマは、実は見学に六回も行っている。姉が十歳を過ぎたころ、普段農場で働いている父親に連れられて行ったこともあるから。
何度か見学するうちに、この町の子はせいぜい二回程度でいなくなることが分かった。みんなそれくらいで諦めて、自分の家の仕事に就くからだ。
この町の竜騎士団の団員の多くが、他の地域の騎士団から派遣された人だと聞いている。また、仮入団に入る子は、別の町や都市から来た子がほとんどだという。
ここの騎士団は比較的新しく、遡ってもせいぜい祖父母の代らしい。
騎士団の宿舎が近くにあるとはいえ、加護のある家系の母や姉が異例であって、自分もそのなかに入るのだという意識はある。
けれど、加護はありがたいが、それに甘んじてばかりではいけないと考えている。
物事に慎重な性質のアルマは、行動的なラミッタが羨ましいと思うこともあれば、感心することも多かった。
自分ももっとそんなふうになりたい。
姉には「アルマのような思慮深い人材も必要だよ」と言われはしたが。
ラミッタは、父親に竜騎士になることを反対されているという。その上で、この町の事情もあって、竜騎士団に入るのはそんなに簡単なことではない。それでも、ラミッタだけは諦めないんじゃないかと思っていた。
他の子とは違う、とひたすら信じたかった。
もしも大好きなラミッタと一緒だったら、自分も少しは勇気が持てるような気がしていたのだ。
魔物出現の噂は広まっているが、実際に目撃したという情報はなかった。人からうまく姿を消す術を持った獣らしい。
アルマは、姉たち竜騎士が懸命に町中を探索しているのを見守るしかなかった。
そんなある日、魔物に襲われた農場まで、サリアが話を聞きに行くという。そこでアルマは話してみた。
「ねぇ、お姉ちゃん。その農家なら知っているから、私が代わりに聞いてくるよ」
「えっ、助かるけど、本当に頼んじゃっていいの?」
「うん。どういうことを質問すればいいか、教えてよ」
サリアはやや怪訝そうな顔をする。
「何だか心配かけちゃってるね。無理してない?」
すかさずアルマは否定した。
「ううん、大丈夫。私も少しは役に立ちたいから」
「ありがとう、アルマ」
姉に感謝されて、少々後ろめたい気分になった。
実はそこは、ラミッタが手伝いに行っている農家の一つなのだ。ラミッタのことも何か分かるかもしれない。
魔物騒動が始まって一か月以上経っている。その間、アルマは一度もラミッタに会えないままだった。
農家の人を訪ねたり、質問したりするのは意外とすんなりできて、安堵した。
もともとアルマは緊張しやすくて、なかなか実行に移せない方だ。姉に無理していないかと尋ねられて、そういえば私ってそうだったな、と改めて自分を顧みた。
竜騎士団の見学に行ったときに「あの、アルマが尋ねたいことがあるみたいです」と、ラミッタが率先して話してくれたことを思い出す。
「何か質問は?」との団員の人の問いかけに、どぎまぎしてうまく声が出てこなかった。それをラミッタが察してくれたのだ。
おかげで緊張が取れて、きちんと話ができた。それ以来、ラミッタと一緒にいれば、変に上がることなく喋れるようになった。
そのラミッタが今は気がかりなのだ。
この胸騒ぎを鎮め、ラミッタの状況の手がかりを得ることができるなら。
何だってしてみたかった。
アルマは「竜騎士団の手伝いで」と前置きして、農家のおかみさんの話を聞いた。
「間違いなく魔物だと思うね。畑を荒らされた上に、うちのニワトリが三羽やられちまってさ、本当に参ってるんだよ」
「それは大変ですね」
「今年の春に産まれたヒヨコたちがちょうどいい若鶏になるってときにねぇ。これから卵を産んでくれるってのに」
「……」
一瞬、アルマの心に何かが引っかかった。
「そういえば、うちの農場に来ている子の友だちなんだって?」
「あっ、はい、そうです。ラミッタ、ご存じですよね?」
慌ててラミッタのことを訊いてみる。
「ああ、あの赤毛の子ね。それがね、ここ二週間ほど具合いが悪いって言って、来ていないんだよ。ちょっと心配しているんだけど、知らないかい?」
「えっ、ラミッタが……」
「そうだよ。元気そうな子だったのに、この間来たときは、時たまぼんやりすることがあってさ、何か気がかりなことでもあるのかなと思っていた矢先でね」
具合いが悪いとか、ぼんやりとか、ラミッタらしくない話に、アルマは何かざらついたような嫌な予感がした。
結局、ラミッタのことばかり考えを巡らせたまま帰宅する。
「お姉ちゃん。私、どうしてもラミッタに会いに行きたいの」
すぐにサリアに自分の気持ちを打ち明けたのだった。
数日後、途中まで近所の荷馬車に乗せてもらえることになり、アルマはラミッタの家に向かった。
「おばさん、ラミッタは?」
家に入るなり訊いたが、ラミッタの母は浮かない顔で話した。
「それがねぇ、雨の日に外へ出て風邪を引いてね、それ以来寝てばかりなのよ。もともと丈夫な子だから珍しいんだけど、眠い眠いって言うし、眠り病にでも罹ったんじゃないかと心配するくらいなのよね」
「えっ、そうなんですか」
本当に元気ではないと分かって、アルマの不安は広がっていく。
そういえば、数週間ほど前に、大雨の続いたことがあった。家の近くの川で、傷んでいた橋が沈んで一時的に渡れなかった出来事があったので、よく覚えている。
「でも、ピッコの世話だけは自分でやりたがって、私にも木箱のなかさえ覗かせてくれないんだよ」
「今も寝ているんですか」
「そうかもしれないけど、風邪はよくなったのよ。部屋へ行ってみて。わざわざ来てくれたんだから、ぜひ会ってやって」
「はい」
とにかく、姿を見なくては。
アルマはラミッタの寝ている部屋の扉を叩いて、しばらく待ってみた。が、結局返事が返ってくる前に、待ちきれずに入った。
「ラミッタ?」
ベッドの上でラミッタが身じろぎする。アルマはもう一度呼びかけてみた。
「んん、アルマ……? え、何でここに」
ようやくラミッタは、目をこすりながら体を起こす。
「勝手に入っちゃってごめんね。農場のおばさんから最近ラミッタが来ていないって聞いたものだから」
「それで……?」
まだ眠いのか、ラミッタの声はぼうっとしている。
「何だか元気がなかったって話していたのよ」
「ああ、ちょっと風邪引いたりしてたから。もう平気だよ」
「本当に?」
「うん」
ラミッタが大きく頷く。どうやら大丈夫そうで、アルマはひとまず胸を撫でおろす。
「明日からでも農場には行くつもりだから。ありがとうね」
「……」
「どうかした?」
問いかけに、アルマはなかなか返事が出てこない。口ごもり、気づくと全く別のことを言葉にしていた。
「ねぇ、ラミッタ。私と一緒に竜騎士団に入らない?」
「え、でも……」
ラミッタが小さく呟く。
最悪のタイミングで最も言いたいことを口に出してしまった。
そう気づくが、もう構わない。アルマは言い募る。
「この間、お父さんが反対しているけど、もう一度ちゃんと話してみる、って言ってたよね」
この間、というのはもう五か月も前の、見学の帰り道での話だが。
ラミッタは覇気のない顔をして、俯く。
アルマははっとした。
いつも元気なラミッタのことだから、きっと本気で言えば、両親を説得してよい方向へ持っていくだろうと勝手に思い込んでいた。
でも、そうじゃなかったとしたら。