10.エピローグ
翌朝から、二泊三日の仮入団が始まった。騎士団の宿舎に泊り込みでの参加となる。
ラミッタとアルマの他に、別の町から来た少女が四人いたが、どの子も最初からの厳しい訓練でぐったりだった。
「次は走るぞ」
団長のよく響く声に、アルマがよろけそうになる。その場に座り込んでしまった子もいる。
「ええっ、また……」
ラミッタもつい文句が零れてしまう。
竜騎士はまずは体力が基本とはいえ。竜や魔物などの性質を学んだりする時間もあるが、竜の餌を運ぶのも重くて、足腰にくる。
少々休憩が入ったと思ったら、また走り込みとは。
「そこ、座らない。私に続け」
団長が走り始めたので、みんな慌てて動き出す。
ラミッタは座ったままだった子の腕を取って、立ち上がる手助けをする。その少女に驚いた顔で礼を言われたが、ラミッタとて別段余力があるわけではない。
ただ気づいたのだ。
ジェルダ団長、さっきも団員の訓練で走ったりしていたのに。
団長が一番疲れるはずなのに、すごい。格好いい。
ラミッタの憧れは、ますます強まるのだった。
そろそろ日も暮れかかるころ、ジェルダは指示を出した。
「本日最後のメニューだ。仮団員は竜に乗ってみるといい。団員は飛翔の補助をするように」
ラミッタたちは歓声を上げた。
そうは言っても、これまで見学で竜の背中にこわごわと乗るだけで精一杯だった子がほとんど。
初飛行は、団員たちの指導の下で背に乗り、二三回竜が羽ばたき、地面から浮いたくらいでみんな喜んで満足している。
そんな仮入団の少女たちの頭上に、突然竜が現れる。
「えっ、嘘でしょ。あんなに高く飛んでる」
「ラミッタだよ、あれ」
「本当に仮入団の子なの?」
驚いているのは、騎士団の人たちも同じらしい。
感嘆するみんなの真上を、一頭の竜が少女を乗せて飛んで行く。と、そのとき、別の羽ばたきが響いて、もう一頭がそれに続いていった。
地上で仮団員の手伝いをしていたサリアは、空を見上げて一瞬目を見開いたが、すぐに嬉しそうに微笑んだ。
上空で、ラミッタは初めての竜の飛翔に浸っている。
見下ろせば、みんなのこちらを仰ぎ見る様子や竜の佇む姿があった。黄色や赤に色づき始めた木々の上を軽やかに翔けていく。
確かな浮遊感と開放感。髪を揺らし、頬を撫でる風は、爽やかで澄んでいて。
まだ高く遠く早く飛ぶことはできないが、それでも気持ちは大きく高揚する。求めていた空は、これだったのではないだろうか。夢と現実の翼はまるで違う。
こんなにも心が弾むものなんだ。
ラミッタは胸の奥深くから実感している。隣へと追いついてきたアルマに「楽しいね」と笑いかけて。
秋晴れの夕空を、二人は竜の背に乗って、一緒に飛んでいく。
朱色に染まる翼のもとで、ラミッタはこの飛行をいつまでも忘れないと思った。
就寝時間になると、ラミッタとアルマは隣同士で布団にくるまった。
「はあ、疲れたぁ」
二人は互いに大きな息をつく。全身が鉛のようにひどく重い。
「でもさ」
ラミッタは話した。
「アルマと一緒に来れてよかった。ピッコのことはまだ思い出しちゃうけど、やっぱり夢のなかより、本当に空を飛ぶ方がずっと楽しかったよ」
「私も楽しかったよ。寂しくなったりしたら、いつでも気持ちは聞くからね」
「うん。アルマがいてくれて本当によかった」
「私のほうこそ、ラミッタがいてくれると、いろんなことができるような気がするの。今日だって、思い切って飛べたもの。それにね、あのとき私と一緒に空を飛びたいって言ってくれたの、とても嬉しかったのよ」
「うん」
団長から仮入団に誘われたとき、ラミッタはアルマに一緒に空を飛びたいと話した。それは今日のうちに叶った願いだった。
これからきっと、アルマとともにたくさんの空を知ることになるんだ、とラミッタはしみじみ思う。
アルマがやや声を小さくして話す。
「本当のことを言うとね、うちは竜の加護があるし、お姉ちゃんが優秀だから、いろいろ言われたり比べられたりしてしまいそうで。一人で入団するのは勇気が持てなかったの。ラミッタと一緒がよかったのよ」
「そっかあ。アルマっていろいろ大変なんだね。あ、でも、私もお父さんにちょっと大きなこと言っちゃったからなあ。まあ、お互いやるしかないよね」
「そうだね」
どちらからともなく笑い合う。
「これからも一緒に頑張ろうね」
「うん。ずっと一緒に頑張っていこうね」
ラミッタとアルマは、固く約束を交わした。
浅い夢に浸る眠りではなく、深く心地好い眠りの波がそろそろ訪れようとしている。明日にはまた、新たな力が湧いてくるに違いない。
彼方の夜空では、輝く星々が二人の少女に光を降り注いでいた。
◇
その後、ラミッタとアルマは一緒に竜騎士団に正式に入団した。厳しい鍛錬も物ともせず、二人ともやがて立派な赤竜の騎士となった。
竜騎士たちはみな魔物や害するものから町や都市の暮らしを守り、人々の心の拠り所となっていった。
更に年月が流れ、赤竜と竜騎士の功績が広く認められると、他の地域にも竜騎士団が結成されることになった。ジェルダとサリアはその要請に応じて、別の町へ赴くこととなった。
そのとき、団長を任されたのはラミッタだった。
騎士団長のラミッタと副騎士団長のアルマは、ますます活躍していく。
その姿に憧れる子どもたちも見かけるようになった。二人の住む町も竜騎士団のある場所として活気づき、竜騎士を希望する子も今では少なからずいるという。
見学に来た少女たちを迎えると、ラミッタはジェルダの言葉を受け継いで話すのだ。
竜騎士団のこと。竜騎士の役割や竜のこと。とりわけ赤竜の優れた点。それを操り、空を飛ぶ竜騎士の鍛錬の厳しさも。
そうして、続けて語りかける。
「空に憧れ、飛びたい気持ちさえあればきっと乗り越えられる。私とともに空を翔け抜けよう」
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