1.プロローグ
晴れ渡る空に、赤みがかった飛竜が数頭、翼を広げている。ゆっくりと旋回するその背には、それぞれ一人の女性騎士が騎乗していた。
ラミッタは青い瞳を輝かせて、その光景を眺める。
「ねぇ、ラミッタ。やっぱり竜騎士っていいよね」
隣でアルマも気持ちを隠し切れない様子だ。
二人は竜騎士団の見学に来ている。他にも数人の少女が同じようにまばゆい空を見上げていた。
「うん。憧れるなあ。でも……」
ラミッタは言葉を濁す。
両親にはあまりよく思われていない。竜騎士になって竜とともに飛ぶということは、魔物と対峙する危険も伴うことだから。
アルマも事情を知っているためか、それ以上は口を閉ざした。
二人の間に沈黙が降りようとしたそのとき、数人の団員の女性たちが揃ってこちらへやってきた。ダークグリーンを基調とし、赤いスカーフのついた制服を着こなした竜騎士たちは、歩く姿も凛としている。
その先頭を仕切るのは、騎士団長ジェルダだ。
年は二十代半ばに届きそうなくらいか。燃え立つ炎のような赤い髪に強い光を放つグレーの瞳。鍛えられ均整のとれた肢体で、その表情は竜騎士としての誇りに満ちている。
「やあ、見学ご苦労」
にこりと笑ってみせる団長に、ラミッタの胸は自然と鼓動が高まる。
「今日はありがとうございます」
ラミッタもアルマも他の少女たちも見学のお礼を述べた。
「ゆっくり見ていくといい。私たちはいつでも歓迎しているぞ」
ジェルダは一度咳ばらいをする。
「赤竜ほど素早く飛べる生き物はいない。それを操り一緒に空を飛べるんだ。竜騎士は日々の鍛錬が厳しいと言えば確かにその通りだろう。だが」
続く竜騎士団長の言葉に、ラミッタは夢心地で聞き入るのだった。
ここは王国の片隅にある小さな町。
山裾に広がる豊かな土地は、農作物の栽培や家畜の飼育が盛んだ。その一角に、広大な土地を利用して、赤竜の騎士団があった。
竜には、大型の黒鉄色の竜と小型の赤銅色の竜の二種類がある。
大型の竜は、人を数人乗せて飛ぶことができ、森付近で狩りをする際に活躍している。一方、小型の竜は体格のよい男性なら一人乗せるのが限界なので、騎乗者のほとんどが女性だ。
この地域には後者の竜だけが生息しており、その背に乗る騎士はみな女性だった。
小型の竜は「赤竜」と呼ばれており、機動力に優れ、町の治安を維持するとともに、害をなす魔物を人々の暮らしから排除する役割を持つ。
奥深い森には、魔物たちが棲んでいる。魔物とは体内に魔力を宿している獣であり、その能力もさまざまだ。特に有翼の魔物は、上空から町や都市へ入り込み、巧妙に人を騙して食物を奪ったり家畜や人間を襲うこともあった。
竜は賢くて、人の言葉さえ理解できるという。その竜が吐き出す炎を、大半の魔物はひどく恐れる。
また、屈強な悪人が現れたとしても、空から鋭い爪や高熱の炎、長くうねる尾で攻撃されるとあれば、ひとたまりもない。
この王国の竜騎士団の歴史は、まだ数百年程度にすぎない。それでも、人々の集う大きな町や都市において、赤竜と竜騎士は大きく貢献しつつあった。
ラミッタは今年で十二歳。この小さな町で生まれて、飛翔する竜とその騎士の姿を地上からずっと眺めてきた。
竜騎士団の見学に来たのは三度目だった。
町の子どもたちは、みな十歳を過ぎると自分の職業を決めるため、職場の見学をしたり、手伝いをしたりするようになる。仕事は親から受け継ぐことが多いが、自分のやりたいことを探し求めることもあった。
ラミッタの父親は大きな農場で働いていて、収穫時期は家に帰らないことも多い。ラミッタ自身も、近隣のいくつかの農家の手伝いをするようになっていた。
けれども、竜騎士に憧れる気持ちがいつも心の底にあって、時たま疼くのだ。
昨年から見学に行っていることを、両親にも知られている。
「竜騎士なんて、危険だからやめなさい」
父はそう強く諭す。母にもくどくど言い聞かされる。
「厳しい訓練で大変よ。そんなのにならなくてもいいじゃないの」
そもそも母はいつでも父の意見に賛成なのだ。
ラミッタは、考えるより行動するほうが得意だ。例えば、計画を立ててこつこつと積み上げていくのは苦手で、一遍に実行に走ってしまうところがある。
けれど、将来にわたることだし、両親からこれだけ否定的な意見をもらうことは初めてで、どうしようかと迷っていた。
それでも、同い年のアルマが竜騎士団への入団を考えているのを聞くと、自分も入りたいと強く望む。
アルマとは、昨年初めて見学に行ったときに出会い、意気投合した。同じように竜や騎士団に心惹かれている。農作業も少なかった冬場に、互いの家に遊びに行き来するほど親しくなった。
アルマが次の見学に行くと言えば、自分も行こうと思うものだ。
さらに、ラミッタは騎士団長のジェルダに憧れている。
自分自身、目立つので好きになれず短くした赤毛の髪も、団長と同じような色だと思えば、もうちょっと伸ばしてみようかなと思う。
彼女の言葉にもうっとりしてしまうのだ。
竜に乗って、空を飛びたい。
その夢だけは、ラミッタの心からひとときたりとも消えることはないのだった。
第1話をお読みくださって、ありがとうございます。