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リトウカナコ

作者: 九木圭人

 おう、久しぶりだな。中学卒業以来だから……まあいいや。そっちはどうだ?俺?俺はまあ、ぼちぼちだよ。……実はお前に聞いてほしい話があってさ。今日呼び出したのもそのためなんだ。


 お前『リトウカナコ』の話って聞いたことないか?

 知らない?そうか。


 去年ぐらいからネット上とかで噂になっていたんだけどな、そのリトウカナコって名前の女――名前的に多分そうだと思うんだが、そいつがいつの間にか交友関係や人間関係の中に入り込んでいるって話だ。聞かされたって、そんな奴は知らない。けど確かに周りの人間からは昔からいたかのようにリトウカナコの記憶を聞かされるんだ。当然聞かされる側はそんな奴は知らない訳だから否定し続けるよな。でも段々リトウカナコが存在したような気がしてくるんだよ。

 ……なんで急にこんなこと話したかっていうとな、出たんだよ。俺の家に。


 先月の事だよ。用事があって実家に戻った時だ。

 用事って言ったって大したことじゃないんだが、ちょうど前の日に戻ってきていた兄貴に駅まで車で迎えに来てもらう話になっていた。

 駅に着いたら、駅前は相変わらず寂れていて、兄貴の車しかないからすぐに見つけられた。

 それで車に乗って実家に向かう途中で、兄貴が不意に俺に聞くんだよ。「お前、リトウカナコって知っているか?」って。当然俺は知らない。だからそう答えると、兄貴は見えてきた実家の方に目をやりながら言うんだ。


 「だよな。お前も知らないよな」

 それが何だか気になって、何があったのか聞こうとしたら兄貴の方が先に口を開いた。

 「親父もお袋もボケて来たのかな……。しきりに俺に『リトウカナコ』って知り合いがいたって言ってきかないんだよ」

 その名前が妙に気になって、実家に着くまでの間に検索したんだ。そうしたら怪談や都市伝説を扱うサイトでその話を見つけた。

 まさかとは思った。そういうのはただの与太話で、誰かが創作したものだ。けど兄貴は嘘を言っている感じじゃない。明らかに辟易しているというか、怯えている感じだった。


 実家についてすぐ、俺も同じ気持ちになったよ。親父もお袋も変わっていなかったのに、世間話の一環みたいな感じで兄貴に言うんだ。「そう言えばリトウカナコさんとは~」ってさ。

 流石に俺も気持ちが悪くなった。無理もないだろう、普段なら笑い飛ばすような怪談や都市伝説が目の前に展開されているんだから。

 「だから兄貴は知らないって。なんかの間違いじゃないの?」

 そう言っても、親父もお袋もピンと来ていないようだった。

 その日は一晩実家に泊まって、夕食の時にもその話をされて、結局は堂々巡りだ。

 で、問題は次の日だ。朝起きてみると居間が騒がしい。で、俺が顔を出すと親父もお袋も兄貴も俺の方を一斉に振り向いた。


 「……おはよう」

 その姿が何だか不気味で、ただそれだけ言って離れようとした。

 「ああ、あんた。覚えているでしょ?リトウカナコさん」

 お袋に嬉しそうにそう言われた時に、俺の心臓は止まったのかと思った。

 「何、言って……」

 あの時の家族の顔は忘れられない。多分、一生。

 貼り付いたような笑顔。それが三人分俺を見ていた。

 親父とお袋、それに兄貴。

 兄貴のそれは「ターゲットが自分から移った事を喜んでいる」ようには見えない事がなにより不気味だった。俺とリトウカナコの関係を信じ込んでいて、俺とそいつに関係がある事が何よりうれしいって顔だった。

 なんとなく、カルト宗教に家族がはまっていたって時にはこんな気分になるんだろうななんて考えていた。そうでもして目の前の現実から一歩引いた視線を持たなきゃ、気持ち悪くて逃げ出す所だった。


 「知らないよ。そんな奴」

 「何言っているんだ。お前が忘れる訳ないだろ」

 親父は俺が冗談でも言っているって感じでそう言うんだ。

 「だから知らないって――」

 水掛け論になりそうになった時、俺は親父たちがアルバムを広げているのに気が付いた。

 そんなのどこにあったのか、俺は存在すら忘れていたそれを、朝っぱらから楽しそうに三人で眺めていた。

 「ほら、ここにいるよ。お前と一緒に写っている」

 親父がその一ページを指してしきりにそう言う。

 アルバムっていうのは大体そうだと思うけど、そこに載っている写真はほとんどが家族か、その付き合いのあった人間と、後は卒業式とかの写真だけだ。


 なのに、いるんだ。見覚えのない女が。

 他の誰かと一緒でもない、ただ一人で、お見合い写真みたいに写っている、全く記憶にない女。


 「えっ……」

 背筋が凍り付くっていうのはあの時の事を言うのだろう。

 いつの間にかそいつは居た。そのリトウカナコは、薄っすらと微笑みを湛えてこちらを見ていたんだ。

 「懐かしいだろ。リトウカナコさん」

 兄貴がそう言って、俺の認識が間違っていない事を証明するようにその写真を指さしている。


 それから?俺は怖くなって、仕事で急に戻らなくちゃいけなくなったって事にして、すぐに実家を離れたよ。兄貴が車出してくれるって言うけど、断ってタクシー呼んだ。とにかく、あの家族と一秒も一緒にいたくなかった。あのあり得ない写真が入り込んだアルバムを見ながら楽し気に歓談している場所にいたくなかった。

 「それじゃ、また」

 全く気のないその挨拶だけして実家を出る時も、居間からは三人の笑い声が聞こえてきていた。何が楽しいのか全く分からない、気が触れちまったような笑いだった。


 あの女だ。リトウカナコだ。

 あれが何者か分からないが、あれが俺の家族を破壊した。そうとしか思えなかった。

 最初は俺と同じく否定していた兄貴も結局は取り込まれた。

 俺はそれが恐ろしくて、もうあの家に近づきたくないんだ。

 ――なんで、そんな話をしたかって?実家を離れてからずっと、俺はあの家族は狂っちまったって思っていた。

 なのに、日に日に大きくなっていくんだよ。リトウカナコがいたかもしれないって考えが。

 勿論そんなはずないって分かっている。なのに毎日毎日その名前が頭から離れない。


 それに……こいつを見てくれ。大学のサークルの仲間で行った卒業旅行の写真。ここに写っているこいつ。これがリトウカナコなんだよ。あいつはいるんだ。いないのにいるんだよ。




※   ※   ※




 彼からその話を聞かされてから一か月が経つ。

 噂話と言うのは、時々全く事実無根のまま人口に膾炙するものだ。そして悪意あるデマでもない限り、それを口にする人間はそのことを事実だと思っている。

 リトウカナコという存在は、多分そういう噂から産まれ、それによって広まっていくのだろう――怪談だとか怪異だとか呼ばれる超自然的なものが実在するという仮定で言えばだが。


 もしこれを読んでいる人がいるのなら、どうかお願いだ。この事を誰にも明かさないで、一生己の中に抱えていてほしい。墓場まで持って行ってほしい。

 リトウカナコは感染する。多分、見聞きした人間全てに。そしてそれは、恐らく極めて危険な事だ。

 根拠は以下の通りだ。彼の家族と連絡が取れなくなっている事、彼ともあれ以降連絡がつかない事、そしてあの日、彼が卒業旅行の写真を見せながら何もない空間を指さしていた事。


 そしてあの日から、俺の中にも、どんなに否定しながらも一つの記憶が産まれている。

 俺はリトウカナコを知っている。


(おわり)

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― 新着の感想 ―
[一言] 怖いですね。知らない記憶がどんどん浸透していく感覚。 でも実際にあるような気もします。冤罪もこんなふうに生まれそうでした。読ませていただきありがとうございました。
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