80 過去編7
「え〜、麻衣から声かけたんでしょ〜」
「そりゃ、バレー部のエースで成績も良いし?顔は普通だけどステータスは高いからね〜」
一瞬麻衣とは誰かと思ったが三郷さんの名前であることを思い出す。僕はこの話を聞いてはいけないと分かっているのに動けずにいる。僕はステータスで見られていたのか。言われてみれば同じ部活と言うだけで仲が良かった訳では無い。本気で僕の事を好きではないことくらい分かったはずなのだ。
「でも何でこのタイミングで接触したん?」
「そりゃ部活を引退したらアイツと接点無くなるからに決まってんじゃん」
あそこにいるのは本当に部活で見てきた三郷さんなのだろうか。いつもニコニコしていてバレー部のマドンナ的な存在だっただけに信じられない。女性は二面性を持っていると聞いたことがあるが猫を被っていたというのか。
「なるほどね〜、でもバレーだけなら春日部君と喧嘩したっていう加須君も上手いんでしょ?あの人、麻衣の事好きでしょ」
「アイツは馬鹿だから駄目。ま〜、でもスポーツ推薦で強い学校に行ってくれればありかなあ」
三郷さん達はどっと笑っている。何がおかしいというのだろう。とうとう、加須君までコケにされてしまう。加須君とは喧嘩をしてしまったが、それは加須君が三郷さんの事を好きだったからだ。その気持ちを馬鹿にするのはいくらなんでも酷すぎる。僕は強く拳を握る。
「じゃあ、次は加須君狙う感じ?」
「ううん、アイツは私に惚れてるからキープでいいかな〜。ちょっと優しくしてれば乗ってくるでしょ」
「うわ、麻衣、悪女すぎるでしょ!!」
三郷さん達は人目も憚らず爆笑している。僕はあまりに下品な笑い声に気分が悪くなってきた。僕は柱にもたれかかり蹲ってしまう。目を閉じて時が経つのを待った。その間、外で部活動に一生懸命励んでいる生徒達の声を聞くのが辛かった。
僕はその後、加須君と三郷さんがいるバレー部に戻れないと思った。最後の大会に出ないとなれば迷惑になると分かっていても部活に励むモチベーションが無くなってしまった。
数日後の放課後に顧問の先生に一足早く引退をしたいという旨を伝えた時は当然止められたが加須君の一件があったこともあり理解してもらえた。退部を伝え終わり教員室を出た時、扉の横に加須君がいた。僕を待っていたのだろう。
「お前、こんなタイミングで辞めんのかよ……」
「ごめん……」
僕はただ謝ることしか出来なかった。大会で勝ち抜く為に一生懸命練習をしてきたみんなには申し訳ないという気持ちは当然あった。
「ふざけんな。お前抜きで勝ち抜ける訳ねえだろ」
「……そんな事ない。加須君さえいれば全国だって狙えるはずだよ」
僕はお世辞ではなく可能性はあると思っていた。僕一人抜けた所で大丈夫だとも。
「俺が悪かったよ。頭に血が登って殴ったの本当にごめん」
加須君は深々と頭を下げる。勿論、退部は加須君の件もある。だがそれ以上に三郷さんと距離を取りたいと感じていたのが主な理由だ。ただそれを言ったら加須君はまず信じないだろう。そんな事を伝えればこないだ以上に怒るのは火を見るより明らかだ。
「ごめん、理由があって志望校を変えようと思って早めに受験勉強を始めたいんだ」
「……、そうか」
受験という理由なら反論出来ないと思ったのか、加須くんは諦めてトボトボと僕の横を通り過ぎていく。僕は加須君を見ることなく出口の方へ歩いていく。
その後、風の噂で聞いたが、加須君と三郷さんは付き合ったらしい。校内でも人気のある三郷さんのスクープという事もあり友達のいない僕にまで噂が聞こえてきた。そしてバレー部とはいうと一回戦で負けてしまったそうだ。
そして本当かどうか分からないが早期敗退という事も合って加須君の推薦が無くなって三郷さんと別れたという。僕はバレー部の人達、そして他の生徒と同じ学校に行かないように家から遠い東京都の東南学園を目指す事にした。姉が通っているという事もあり良さそうだと思ったのもあった。
それが僕が忘れたい過去だった。




