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「え?」
僕は聞き間違いかと思い、聞き直してしまう。
「だから、家来るって」
僕の聞き間違いではないようだ。どうやら、僕はお誘いを受けているらしい。
「え、いや、ご迷惑じゃない?ご家族もいるだろうし」
「この時間、親いないし大丈夫」
いやいや、誰も居ない家に男女二人の方がまずいのではないでしょうかとツッコミを入れようかと思ったが、越谷さんが下を向いて話しているのを見て野暮だと感じて止めた。
「分かった。そしたら少しだけお邪魔してもいい?」
「……うん」
僕は越谷さんの後ろをついて行く。家の扉を開けるとかなり広い家のようだ。二階建てで玄関のすぐ前に階段があった。越谷さんは玄関入って右手側の扉を開ける。そこはリビングもかなり広く三十畳くらいあるのではないか。ソファーやテーブルや家具などもかなり豪華なので心の中でお金もちなのかなと邪推する。
「お邪魔します」
「ソファー座ってて。冷たいお茶でいい?」
「大丈夫。ありがとう」
僕は豪華な家、女子の家にお邪魔しているという事で大変緊張していた。ピンと背筋を伸ばして越谷さんを待つ。
しばらく待っているとコップ二つと脇にお菓子の詰め合わせを持って来てくれた。
「こんなものしか無かったけど」
「いえいえ、お構いなく」
「なんで私にそんな堅苦しいのよ」
ソファーの目の前のテーブルにコップとお菓子が置かれて、越谷さんは僕の隣に座った。広いソファーとはいえいつもより近い距離にドキドキする。お互い、お茶やお菓子に手を付けることなく黙ってしまう。
「……」
いかん、かなり気まずい。というかわざわざ家まで誘ったのだから何か話したい事があるのではないかと思いそっと越谷さんを横目で見ると顔を赤くして下を向いてしまっている。ここは僕から話を広げるか……。
「きょ、今日のボウリング、凄い面白かったよね」
自分の会話デッキにまともなカードが入っていないので今日の出来事で話を作っていくぞ。
「そうだね。私が全然上手く出来なくて面白かったよね」
「……」
越谷さん、何でそんなに卑屈なの!?僕はソンナコトナイヨ〜と腕をシャカシャカさせて否定する。
「……」
ここの雰囲気が苦しすぎる。クラスだとバカみたいな話をして笑いあっているのにたまにこういう感じになる。
「春日部はさ……」
「うん」
越谷さんが話し始めたのでそれを大人しく聞く。越谷さんは一度大きく息を吸った。
「新入生合宿のキャンプファイヤーで私が何を伝えようとしたか分かってるんでしょ?」
「……」
想像はしていた。その時の話をされるのではないか。そしてその意味を。だけど……。
「想像したものはあるよ……、でも……」
「でも?」
「僕が想像するものは、何ていうんだろう……、そう、自意識過剰なんじゃないかって」
「……」
今度は越谷さんが僕の話を黙って聞いてくれている。ありがたい。
「そんな訳ない。僕にそんな価値がある訳ないって……。越谷さんみたいな可愛いし人気もある人にそんな事って」
「……」
「今の状況自体も信じられないんだ。みんなの人気者である本庄君や川口さん、入間さん達とだって遊んだり話したりするようになるなんて」
僕の口は止まらなかった。何故だかその理由は分からなかったけど。必死に許しを請う様に誰に謝る必要もないのに。
「春日部ってさ」
ずっと聞いてくれていた越谷さんはずっと僕の顔をジッと見ていた。
「何でそんなに自分の事を低く見てるの?」
「……」
「勉強できて、運動だって出来るじゃん。そりゃ本庄みたいに皆が集まっているようなタイプじゃないかもしれないけどさ」
「それでも私だって、それこそ本庄だって、遥香だってアンタの事好きだよ」
「……」
「なにかあったの?」
「え……」
「言いたくない事だって分かってたから聞かなかったけどさ。過去に何かあったの?」
「……」
誰にも言い出せなかった僕の過去。越谷さんなら……。
「分かった。話すよ。分かってると思うけど面白い話じゃないよ」
「分かってる。聞かせて」
それは中学の時の忘れたい記憶。
次回より過去編でちょっと重くする予定なので注意です。