99.カトリーナの復帰
「そういえば、先生。私に何かお話ですか?」
ジゼルが出て行った扉を見つめるアキレア先生に、声を掛ける。
カトリーナの方に向き直った先生は
「嬉しいお知らせですよ」
と、優しくほほ笑んだ。
「カトリーナさん長い間、お疲れさまでした。今朝図った魔力数値が正常に戻りましたので、明日から授業に復帰できますよ」
アキレア先生の嬉しい知らせにカトリーナは、
「本当ですか!」
と、喜びの声を上げる。
「はい、頑張りましたね」
「ありがとうございます、先生」
「ただ、復帰してから暫くは定期的に検査をしますから、あまり無理は禁物ですよ」
嬉しそうなカトリーナに、アキレア先生は朗らかに笑って釘を刺すと、カーテンを閉じて仕事に戻った。
―やっと、自由に歩けるのね。授業にも参加できる!
優しくも厳しいアキレア先生とは仲良く過ごせた方だが、やはり緊張しない筈は無かった。特に、お手洗いの度に先生にお伺いを立てないといけないのは、同じ女性でもちょっと嫌だったのだ。
―でも、仕方が無いわ。もし私が無茶をしたり、医務室をこっそり抜け出したりして体調が悪化したら、アキレア先生が気に病むんだもの。
長い療養生活の中で一度、アキレア先生から療養の間、窮屈な暮らしを強いる事を説明されたのだ。
「聖地の影響を受けるのは子ども達だけじゃないの。先生……大人も罪悪感で死に至るのよ。貴女の良心に付け入る事を言うけれど。わかって頂戴ね。そのかわり、貴女の体調は必ず回復させますから。良い子にしてね。約束よ」
優しくも神妙な口調で話す先生に、その話を聞いたカトリーナは黙って頷いた。こうして、カトリーナは療養中ずっと良い子にしていたのである。
―「良い子」生活はもう終わり!明日から楽しみだわ!
カトリーナの頭の中は、明日何をするかで一杯だった。
―久しぶりだから、まず身体慣らしに簡単な魔法を試してみて……そういえばエル達のノートにあった色付けの魔法。あれも試したいわ。それから……いや、やっぱり最初はプレオに会いたいわ。ずっと会えていないもの。
白くて愛らしい生き物を思い浮かべて、直ぐにでも召喚したくなる。プレオとは休暇明けの朝以来だ。寂しがっていないだろうか。もしかしたら、拗ねているかもしれない。
やっと魔力を好きにできる喜びで、ジゼルの事などすっかり頭から抜け落ちたカトリーナであった。
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カトリーナが復帰した初日。一年生の教室は珍しく、そわそわした空気に満ちていた。理由は二つある。一つ目は、長い間欠席していたカトリーナが戻ってきたからだ。
戻ってきたカトリーナに対して、本人の予想と裏腹に友人以外の生徒も好意的だった。カトリーナを怖がっているファンソンや、普段は喧嘩腰のテオでさえ
「もう起きて大丈夫ですか?」
「困ったことあったら言えよ。病み上がりなんだから」
と、言葉を掛けるほどだった。
これは普段挨拶すら交わさないレーム学園では、珍しい事だった。
―悪い気はしないわ。例え自分の為だとしても。
カトリーナは一人ずつにお礼を言いながら席に着く。
そして、今までなら視界に入っていた不快な女の姿が無い事に、暗い喜びが芽生えた。
―アザミは本当に退学になったのね。二度と会わなくて良いだけで、こんなにも心が晴れやかだわ。直接手を下せなかったのは残念だけど、いつまでも引きずるわけにも行かないわよね。
アザミが想像以上に苦しめられている事を知ったら、カトリーナはどんなに喜んだことだろう。けれども、カトリーナがそれを知る日は生涯無かった。
「カトリーナ嬢」
ラトリエルが、こちらに手を振って隣に座る。
「今日からなんだね」
「ええ、やっと出て来られたの。今日からまたよろしくね」
「うん、おめでとう」
カトリーナはラトリエル達がまとめてくれたノートを取り出す。
「このノート。療養中にすごく励みになったわ。今後も授業で使わせて貰うわね」
「気に入って貰えて良かった。わからない事があったら聞いて。エステル姉妹も、きっと力になってくれるよ」
そのエステル姉妹は、まだ教室に来ていない。
「二人とは一緒じゃないの?」
「今日はまだ会ってないんだ。いつもなら僕より先に来ているのに」
二人が話していると、扉から浮かない顔をした姉妹が入って来る。
姉妹はカトリーナ達に気が付くと、少し顔色を良くして近くの席に座った。
「カトリーナ様。もう、お加減は良いのですか?」
「すっかり良くなったわ」
「それは良かったです。またご一緒出来て嬉しいですわ」
回復を喜ぶデイジーだが、やはり何となく表情が曇っていた。
―どうしたのかしら?
カトリーナが聞こうか迷っていると、カラカラと控えめな音を立てて教室の扉が閉まる。呪文学のコルファー先生が来たのだ。
神経質そうな顔立ちのコルファー先生だが、カトリーナに目を止めると、少しだけ表情が和らいだ様に見えた。一瞬の事で、直ぐに元の顔に戻ったけれど。
「皆さん、揃っていますね?時間になりましたので授業を始めます。では教科書の―」
「先生、ジゼルが来てません。欠席者1名じゃね……ですよ」
テオが言葉を直しつつ言う。確かにジゼルだけ来ていない。
―寝坊かしら?それとも……
カトリーナは何となく、ジゼルとは二度と会わないような気がした。
そして、その予感は正しかったのである。
コルファー先生は
「そう……ですね。彼女はもう来ません」
と、見たことの無い顔で言った。
コルファー先生のその表情が、悲しみを隠している時の顔だと知るのは、まだ先の話だ。先生は教科書を閉じて、話し始める。
「入学してから皆さんにとって、初めての事が起こりました」
これが、教室が忙しない空気である理由の二つ目。
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