表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
98/124

98.呪いの兆し


「貴女なんか助からなきゃ良かったのよ!!」


 想像以上の暴言に、カトリーナは目を見張った。

 傷ついた訳では無い。ただ、こんなにも表立ってはっきりと罵られたのは、アザミを除いて初めての事だった。それも、カトリーナにしてみれば、身勝手な理由で。


 言葉を吐いたジゼルも、目を丸くして固まった。

 今の暴言が自分の口から出てきたことが信じられない様子で、石像の様に動かなくなった。


 アザミの様な例外は居たが、基本レーム学園の人達は、()()()()()()()誰かを傷つける事は言わない。


 助からなければ良かったのに。死ねば良かったのに。

 そんな言葉を軽率に吐かないのだ。それで、相手に何かあった時、命の危険が我が身に降りかかるからだ。


 カトリーナの様に悪意を自覚して他者を傷つける()()()は存在するが、そんな人には、こんな事で罪悪感は生まれない。あれ程の大罪を犯したアザミが、生きて聖地から出られる程に、それぞれの良心によって呪いは左右される。

 

「あ……わ、私……」


 問題なのは自身の罪悪感に苛まれるタイプなのに、余りにも軽率に言葉を吐き出したジゼルが今にも死にそうな顔をしている事だった。


 大粒の涙を頬に残して、ジゼルは何かを言おうと口を動かす。それが「ごめんなさい」と言う謝罪なのか、「貴女が酷い事を言うからよ!」と言う非難なのか、カトリーナにはわからなかった。


 仮に謝罪だとしても、口籠くちごもるジゼルの気持ちを察して「わかっているわ。そこまで言うつもりじゃなかったんでしょう」なんて言ってあげる程、優しくは無い。


―だって、ジゼルは一度、私を見捨てたんだもの。今日だって謝りに来た筈なのに、ずっと言い訳ばかりしてくるし。


 それにこういった時、相手が寛大に許せば許す程、過ちを犯した者は自分を責めてしまうものだ。


 聖地ここでは許しや慈悲すらも、時に命を奪う。

 そうならない人も居るけれど。現にカトリーナは死なない方(そうならない人)だと自覚している。


―アザミの時は故意に怒らせたけど、ジゼルは自分からここに来て、自分で言った結果なんだから。


 どうなったって、大丈夫。

 むしろ、ジゼルが居なくなって後悔する自分が想像つかなかった。

 意地の悪いカトリーナには、ジゼルを助ける術も、助けたい気持ちも無かった。


 でも……


―ジゼルが今度こそ謝ったら、ちゃんと許すわ。例え、意味が無かったとしても。


 無駄に死に追いやるつもりも無かった。



 それでも、ジゼルは何も言わない。カトリーナの目の前で、ただ焦りを見せるだけだ。ジゼルが今、何を考えているのか全くわからなかった。


―この人、謝罪の言葉を知らないのかしら?


 謝る事も非難する事もしないジゼルに、呆れ果てていると





「カトリーナさん、ちょっとよろしいかしら?」


 医務室を空けていたアキレア先生の声が、カーテンの仕切り越しに聞こえてくる。急に現れた第三者に、二人は静かに驚いた。


―いつの間に戻ってきたのかしら?もしかして、さっきのやり取りも聞かれた?


 聞かれても構わないが、ジゼルはそうは思っていないだろう。同じ疑問が浮かんだらしいジゼルの顔は血の気が引いて青くなっている。


 ジゼルは明らかに動揺を見せたが、あわあわとするだけで何も言わない。逃げ出すこともしない。ただ、目障りに存在している。


 見るだけでも(かん)(さわ)る女から視界から外し、


「どうぞ」


 アキレア先生に答えると、先生はカーテンから顔だけをこちらに覗かせた。


「あら、珍しいお顔ね」


 ジゼルの方を見て、アキレア先生は声を掛ける。


「お見舞いに来られたの?」


 その質問にすら答えずに、ジゼルは俯いて床を見つめていた。

 カトリーナは苛立ちながらも、


「落とし物を届けてくれたんです」


 そう答えた。

 

―同じだんまりでも、エイミーとは全く違うわ。何だかこう……視界に入るだけで苛々する。


 苛立ちながらも、先程のいざこざを、アキレア先生に言いつける気持ちにはならなかった。もう関わりたくないというのが、本音ではあるけれど。


「そう、偉いわねぇ……あら?」


 黙り込むジゼルに近づき、アキレア先生は


「顔色が悪いわ。どこか具合でも悪いの?」


 心配するように声を掛けた。

 

―先生は私達の会話を聞いていないみたいね。


 聞いていたら、理由は明白だから。


「いいえ、単に寝不足なだけです」


 ようやく言葉を発したジゼルは早口で言うと「失礼します」と頭を下げて、医務室を走り去った。


「大丈夫かしら?貧血とかで倒れないと良いのですが……」


 アキレア先生はジゼルが出て行った扉を、不思議そうに見つめた。カトリーナも、先程まで彼女が座っていた椅子に目を向ける。


―とうとう、ジゼルは謝らなかったわ。たった一言も。


 この後、ジゼルはどうなるのだろうか?

 色々な暗い未来が頭の中で浮かんでは消える。それでも、カトリーナの予想は楽観的だった。


―ムカつくけど、カトリーナが悪いって、案外涼しい顔をしてやり過ごすのかもしれないわ。私だったらそうするもの。……あそこまで愚かじゃないから、逆の立場なんて有り得ないけど。


 ジゼルは自分の事を良い人だと思っているみたいだったが、今回の事で、違うと思い知ったに違いない。


―善人じゃなかったら、生きられない訳じゃないから。


 仮にそうだとしたらカトリーナはとうに―聖地に着いた瞬間に死んでいただろう。アザミも、そして、ジゼルも。もしかしたら他の子ども達も。


―案外、聖地の呪いって大した事ないのかしら?それか、よっぽどの極悪人じゃないと発動しないとか。ううん、それならアザミが生きているのはおかしいし、王城でコルファー先生も悪人が裁かれる訳じゃないって説明してたし……。


 多くの入学者が死に至る、恐ろしい土地ミコランダに建てられたレーム魔法専門学校。それが真実だと聞かされた入学時程の緊張感は、カトリーナの中で薄れつつある。


 けれども、聖地は容赦なく人を死に誘うのだ。

 カトリーナがそれを実感したのは、翌日の事であった。






お読み頂きありがとうございます。

次回も読んで貰えると嬉しいです。


よろしければ評価★★★★★やブックマークを

お願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ