97.ジゼルの謝罪
「本当に良いの?カトリーナ、無理してない?」
私が言う事じゃないけど、と言いつつも不満気にエイミーは言った。
ここは医務室。カトリーナの自室と化したこの場所に、今日はエステル姉妹が見舞いに来た。いつもは何気ない話をして楽しい時間を過ごすのだが、今日の双子は少し憂鬱そうな顔をしていた。
「ブラン様が……カトリーナ様に謝りたいと言ってきたのです」
デイジーが言いにくそうに、いや、言いたく無さそうに言った。デイジーがここまで嫌がるのは珍しいと、カトリーナは思った。あの火事の時、双子はカトリーナを置いて逃げたブラン嬢―ジゼルに遭遇しており、血の気の引く思いをさせてしまったのだ。
―だとしても、このままは良くないわ。変に火種を持ったままだと、二人が危ないもの。
そう思ったカトリーナはジゼルが訪れるのを承諾した。不満そうな顔をするエイミーに苦笑いしつつ、カトリーナは宥める様に言う。
「銀の鍵も返して貰ってないし。丁度良いわ」
あの日以来、ジゼルには会っていない。おそらく彼女が持ったままだろう。
―そういえば、ジゼルの鍵は見つかったのかしら?
カトリーナはふと思う。けれども、見つからなくても返して貰わねばならないので、考えるのを止めた。
「カトリーナ様がそう言うなら、伝えますわ」
最初は嫌そうだったデイジーだが、カトリーナが了承すると安堵した様子で微笑んだ。他者を憎み切れないデイジーらしさに、カトリーナも笑みを浮かべる。
「今日は授業の関係で難しいかも知れませんから、明日になると思います」
「わかったわ。ブラン嬢によろしくね」
カトリーナがそう言うと「そろそろお暇しましょうか」と言って、デイジーが椅子から立ちあがった。
「カトリーナ」
エイミーが呼びかける。
「どんな事があっても、私はカトリーナの味方だから。勿論、お姉様も」
エイミーの言葉の意味はよくわからなかったが、こちらを想っての事は伝わったので
「ええ、ありがとう」
と、返した。
エイミーははにかむと「また来るね」と言って、医務室を出て行った。
「どうしたのかしら?変な子ねぇ」
デイジーの頭にもハテナが浮かんでいたが、まぁいいかと言う風に、姉も妹に続いて医務室を後にした。
カトリーナはジゼルの事が嫌いだ。けれども、あの火事の置き去りは仕方の無い事だと、今では思っている。銀の鍵を失くしたジゼルにとって、カトリーナの鍵は唯一の方法で、命が掛かっていたからだ。
―この寛大な気持ちも、ほぼ1ヵ月寝転んで冷静になってからだけど……。起きて直ぐだったら、言葉の限りを尽くして責めてたかも。授業に出られない腹いせで。
授業の遅れについて、今は当初ほどの焦りは無い。友人たちのおかげだ。だからこそ、心にゆとりがあるのだろう。
―ジゼルのやった事は褒められた事じゃないわ。けど、私は無事に生きている。
だから、ジゼルが鍵の事を謝りたいというのなら、その件については受け入れようと思ったのだ。プレオへの侮辱の件があり、今後、仲良くする気は無いけれど。
―この件については、すっきりと終わらせたいわ。その方がお互いの為よ。聖地で過ごすのに、人との蟠りは無いに越したこと無いもの。
ジゼルがカトリーナを訪ねてきたのは、翌日の放課後だった。
無言で銀の鍵を差し出すジゼルに「ありがとう」と言って受けとる。
その後、ジゼルは暫く黙ったまま椅子に腰かけていた。何も言わずに居座るジゼルにカトリーナは戸惑ったが、とりあえず待つ事にした。
「デイジー嬢から聞きましたが……」
程無くしてジゼルが口を開く。
「あの時、私を助けようとしたって本当ですか?」
質問の意図が分からず、カトリーナは素直に「ええ、そうよ」と答えた。
「銀の鍵は手を繋いだ相手も、一緒に転移できるから、鍵を失くした貴女も連れて行こうとしたの。そういえば、鍵は見つかった?」
カトリーナの問いにジゼルは答えず、
「そんな使い方が出来るなんて知らなかった」
と、不貞腐れる様に言った。
―この人、私に謝りに来たのよね?
ジゼルの物言いに引っ掛かりつつも、カトリーナはあと少しだけ待つ事にした。
―こんな据わりが悪い気持ちにさせられるとは思わなかったわ。謝る気が無いなら帰って貰おう。鍵は返して貰ったし。
昨日までの寛大な気持ちが消えゆくのを感じる。そんなカトリーナに、ジゼルは思いがけない言葉を投げつけた。
「どうして教えてくれなかったの?そしたら、私、あんな事しなかったのに……」
「……はぁ?」
寛大な気持ちは消えて無くなった。一瞬で消え去った。
もう塵ほども残っていない。
―何故、私が責められているの?私が2週間も昏睡して、未だに完治してない状態になったのは、他でもない此奴のせいなのに!?
「言おうとしたわ。貴女は聞いてくれなかったけどね」
苛立ちを隠さずに冷たく返すと、カトリーナの機嫌を損ねた事を察したのか、ジゼルは早口で弁明を始める。
「わ、私、本当はあんな酷い人間じゃないの。ただ、あの時は気が動転していて……」
「でしょうね」
「あ、貴女は鍵の事も知っていて、余裕だったかも知れないけど、私は、本当に怖くて……」
「私が悪いって言うの?」
「そんなこと言ってない!どうしてそんな意地の悪い事言うの!?」
「じゃあ、何が言いたいの?私、責められている様にしか聞こえないんだけど」
投げやりな気持ちで言い返すと、ジゼルは涙目になって
「だから、えっと、その……わかるでしょ?」
と震える声で言った。
「わかるって何が?」
「その……私が本当は悪い人じゃないって」
ジゼルの言葉にカトリーナは「そんなの知らない」と言った。
「私が知っているジゼル・ブランは、プレオを馬鹿にして嗤う嫌な奴で……」
「それはアザミ様……あの人が言った事よ。私じゃないわ!」
「それから……」
ジゼルの言い訳を無視して、カトリーナは続ける。
「私を火事の中、置き去りにして逃げた。その件について謝るどころか、どうして教えてくれないのって、2週間も昏睡した挙句、未だに療養中の患者を詰る人。これが、私の知るジゼル・ブランよ」
カトリーナの物言いに、ジゼルは泣き出した。
「どうして、そんな酷い事が言えるの?ここは聖地よ。呪いが怖くないの?」
「酷い事?」
首を傾げてカトリーナは言う。
「全部、貴女が私にした事じゃない。それが酷い事だって思うの?」
ジゼルは歯痒そうに唇を噛み締める。その様子を見て、カトリーナは面倒くさくなった。
―もういい。ジゼルを許す事を諦めましょう。ここまで言っても、謝罪の言葉一つ聞けなかったんだから。
「私ね。デイジーとエイミーから貴女が私に謝りたいと言ってるって聞いたの。けど、実際は違うみたいね。鍵は返して貰ったし、もういいわ」
「カトリーナ嬢……」
「出て行ってくれない?」
「許してくれないの?」
「謝って貰ってないのに、私は何を許せば良いの?」
ジゼルの目から、また涙が溢れる。
「どうして?私が申し訳なく思ってる事くらいわかるでしょ?いいじゃない、許してくれたって!」
身勝手な事を言うジゼルに、カトリーナはうんざりした。
「あー、はいはい。わかりました。貴女を許します。だから、さっさと出て行って」
適当な事を言って、手で追い出す仕草をして顔を逸らすと、ジゼルは「酷い!!」と顔を真っ赤にして言った。
そして、
「本当に嫌味な人!いつまでも根に持ってうじうじ、うじうじ……!貴女なんか助からなきゃ良かったのよ!!」
ジゼルは自らを死に追いやる発言をした。
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