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96.アザミの末路(3)


 ポルム王国海域に位置する監獄は、その場所の通り海に囲まれた塔だ。ここに入れられた囚人は、二度と外に出る事は出来ない。そして、死んだら海に投げ捨てられるのだ。


 その監獄塔が見えてきて、アザミは嗚咽を漏らす。


―なんで、たかが小鳥如きの事で、どうしてこんな事に……。



 ホルムクレン王城の地下牢から出されてから、ポルム王国に着いてからも、各地で見世物にされてきた。


 精霊の怒りに触れた大罪人を人々の記憶に焼き付け、二度と同じ事が起こらない様に。と、言うのは建前で、この仕打ちはデルルンド元伯爵夫人がアザミに与えた罰であり、復讐だった。


 各地でアザミは今まで散々貶しめた平民達から、今度は自分が貶しめられ、気味悪がられ、罵倒されてきた。この屈辱が終われば許されると思っていたアザミは、自分が監獄に送られると知って、泣き喚いた。


「何でよ!私は頑張ったじゃない、もう罪は償ったじゃない!あんな愚民共への見せしめにされて、もう充分じゃないのよ!!あんなちっぽけな鳥がなんだって言うのよ!!」


 今までならそう言って、火の魔法を使って暴れまわれば、全て思うままだった。けれども、アザミは生涯、もう魔法を使うことは出来ない。


 魔力封じの手枷は、1年間肌に触れると体内に取り込まれ、生まれ持った魔力を殺す呪具としても使われるのだ。今から1年後、アザミは魔力を完全に失う事になる。その事を、当のアザミは知らなかったが、知った所でどうする事も出来なかった。



 アザミが先の未来に絶望している間に、とうとう船は監獄に辿り着く。

 出迎えたのは下卑げびた笑みを浮かべる一人の看守だった。


 看守はニタニタ笑いながら近づくもアザミの顔と風貌を見て、気色の悪い笑みを消して舌打ちする。


「若い貴族令嬢が来るって言うから、今晩は()()()()だと思ったのによ。こんなブスやる気にもならねぇ。身体もババアみたいに弛んでるし、変な模様も不気味だしよぉ」


 あーあ、期待していたのに。そう吐き捨てる看守に、アザミをここまで連れてきた兵士は、ようやくお役御免だという様に、さっさとアザミを連れて行くように言う。


 看守は落胆しつつも、アザミを連れて監獄の中へと連れて行く。どんどん近づいていく監獄の入り口に、アザミは呼吸が荒くなった。


―あそこを通ったら、二度と外には出られない。それに、私は何をされちゃうの?


 先程の看守の言葉が理解できない程、アザミは幼くは無い。身に迫る恐怖が今までで一番身体を支配した。


 アザミは看守に体当たりすると、走って監獄から離れて海を目指して走った。

 何も考えていなかった。ただ、ここから今すぐ逃げだしたい。それだけだった。


「っ痛ってぇな!!罪人風情が、ふざけんじゃねぇぞ!!!」


 後ろから看守の怒号がする。その声に怯えながらも、アザミは走った。


 走る勢いのまま、海に飛び込もうとした瞬間―


 バッッシャーーーーーーーーン!!!!!


 目の前に大きな水しぶきが上がり、アザミは後ろに尻もちを付く。


 滝の様な水しぶきを上げながら現れたのは、巨大な人喰い魚フカエデスだ。獰猛どうもうな気性を物語る何百本の鋭い歯が、裂けた様な口から覗いている。ギョロリとした無機質な目は、アザミを、見る人を震え上がらせた。


 フカエデスは海面から飛び上がり、また、出てきた時と同じように大きな水しぶきを上げて、海面へと戻って行った。


「あんなでけぇフカ、見た事ねぇぞ!!」

「俺達が乗ってきた船よりデカくなかったか!?」


 アザミを追いかけてきた看守と、異変を察知して駆けつけた兵士が驚きの声を上げる。


「あのぅ……」


 のんびりとした船頭が、困った様に言った。


「これからどうします?俺達はこの女を届けて、今から帰る予定だったんですが、あんなでけぇフカが出たんじゃ、危なくて船が出せねぇですよ」


 船乗りの言葉に、狼狽えたのは兵士だった。


「嘘だろ!おい、何とかしろよ!!」

「無茶言わないでくださいよ、旦那。あんなのが泳いでいる中、よく俺達は無事に来れましたよ。旦那も見たでしょう?俺の船なんて、あのフカにかかれば一飲みですぜ?」

「クソッ!!」


 周囲がガヤガヤと話している中、アザミは放心していた。急に飛び出してきたフカエデスに、頭が真っ白になったのだ。海に身を投げようとした勢いは萎んで消えてしまった。もう、逃げられない。足が動かず、自力で立つことも出来ない程に、アザミは身も心も疲弊していた。


 そんなアザミに目を向けて看守が


「さっきのフカ。もしかして精霊か何かの使いじゃないか?こいつ精霊に裁かれて、こんな痣付けられたんだろう?逃げようとしたこいつを、止めに来たんじゃないのか?」


 と、言った。


 看守の言葉は全くの出鱈目でたらめだったが、看守も兵士も船乗りもそう信じ込む。


 そして、


「お前のせいで船が出せないじゃねぇか!どうしてくれる!!俺は罪人じゃねぇぞ!!」


 兵士がアザミの顔を蹴り上げた。鼻に激痛が走る。折れたのかもしれない。


「私のせいじゃない!!私のせいじゃない!!」


 暴力を続ける兵士にそう叫びながら、アザミは手で顔を庇った。

 本来なら止めるべき看守だが、そうはせずに成り行きを見守るだけだった。予定していた「お楽しみ」がデブスな上に、醜い痣を全身に纏った醜女しにめ。助ける必要が看守には無かった。


―もう嫌、もう嫌もう嫌――――!!!


 アザミはどうにでもなれと言う気持ちになって叫ぶ。


「この馬鹿共が!私を裁いたのは火の精霊よ!!海―水は関係ないじゃない!何でそんな事もわからないのよ!!」


 水。その単語に水魔法を自在に操るカトリーナの得意げな顔が頭に浮かんだ。


―元はと言えばあいつが……。あいつが私に楯突かなければ、こんな目に遭う事は無かった!!


 そもそも、カトリーナが居なければ。

 契約したのがロウバードじゃなかったら。

 ジゼルが魔力増強剤の事を話さなければ。

 それをパパが買い与えなければ。

 ママが私を見捨てなかったら。


 私は、こんなにも辛い目に遭わずに済んだのに……!


「私は何も悪くない!!生意気なカトリーナが……ロウバードの役立たずが……、皆が、全部、あいつらが悪いのよぉぉぉぉ!!!!!」


 そう絶叫するアザミの顔に、更に兵士は蹴りを入れる。とうとう、アザミは気を失った。動かなくなったアザミを看守は手荒に荷台に乗せて監獄へと収監する。


 その後、アザミは看守達のサンドバックとして生涯を終え、投げ捨てられた遺体は、人喰い魚の胃袋へと消えて行ったという。







お読み頂きありがとうございます。

次回からカトリーナ視点に戻ります。

読んで貰えると嬉しいです。


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