95.アザミの末路(2)
「私じゃない!!これをやったのは私じゃない!!」
そう叫んで、アザミは教室から逃げ出した。
―何よ何よ!!どうなっているのよ!!?
全力で走った事など、人生で一度も無かった。ママに内緒でパパに買って貰ったピンク色のヒールが走りにくい。靴擦れのせいで、踵は血塗れだ。
―ったく、不良品ね!パパに言いつけて、こんな粗悪品を売りつけたあの店を潰してもらわないと!
怒りに燃えつつ足を痛めながらも、進む足は止まらない。
―どうしよう、どうしよう、どうしよう……教室を燃やすつもりなんて無かったのに!!
あの女、カトリーナを痛い目に遭わせようと思っただけ。あいつは、ちょっと魔法が上手くて、私と相性の悪い水魔法でマウントを取ってくる嫌な女だ。
それなのに、イケメンのラトリーはあの女にデレデレしちゃって!顔も地味で魅力の無い女に。本当にムカつく!!
―馬鹿なカトリーナは油断して私に背中を向けていたし、周りも気が付かなかったから、ロウバードを召喚して、ムカつく背中を焼き焦がしてやろうと。そう思っただけ。
それなのに……。
フェニックスはアザミの命令を聞かずに暴走し、教室を炎で燃やし始めた。
小さな体で炎の渦と一体化したフェニックスは、カトリーナに水を掛けられても、また直ぐに火力を強めていった。
―あれは私じゃない。私のせいじゃない。あの炎は私のじゃない。フェニックスが……あの役立たずがやった事よ!!
私に不相応でちっぽけな雑魚精霊。せっかく私が強くしてやったのに。
―薬を飲ませても吐き出すし!この私に手間を掛けさせた挙句、こんな騒ぎを起こすなんて、恩知らずにも程があるわ!!
休暇中に実家に戻って、父―デルルンド伯爵に強請って手に入れた魔力強化剤。ジゼルに教えて貰った精霊を強くする薬の効果は絶大だった。領内でフェニックスの力を試すと、簡単に山が一つ燃える程だったのだから。
その山火事で領民が一人死んだが、アザミは気にも留めなかった。母親―デルルンド伯爵夫人に頬を打たれ「自分が何をしたのか、わかっているのですか!」と詰られても、父親に泣きついて母を叱って貰い、夫婦が大喧嘩をしている中、のうのうとレーム学園に来たくらいに。
―これでカトリーナに一泡吹かせられると思ったのに……。騒ぎだけ大きくして、全く使えないんだから!!なんだか知らないけど、自分で羽や毛を嚙み千切って不細工だし!そもそも、私の命令を聞かずに暴走する時点で、存在価値なんて無いのよ!!!
そう思った瞬間―
アザミの目の前が、神々しい光に包まれる。眩しすぎて目を開けられない。
「何!?今度は何よ!」
強い光に苛立ち叫ぶと、大きな何かが羽ばたいたような風圧を感じる。その風を受けると、全身が焼けるように熱くなった。
「嫌ぁぁぁ!!熱い熱い熱い!!!」
身を焼かれた恐怖と、あまりの熱さにのた打ち回る。けれども、アザミの身体には、火なんて燃えていなかった。
「水……水を掛けて!!死にたくない……死にだぐない」
カトリーナの水魔法が、今はとても欲しい。あの刺す様に冷たい水なら、きっとこの熱さを消してくれるはず。
水を求め喚きながら気を失い、視界は暗転する。
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場面が一変し、どこかの広場。
「皆様。本日はお集まり頂き、ありがとうございます」
多くの人々の前で、優雅にお辞儀をする母―デルルンド伯爵夫人。手首に手枷を嵌められ、囚人服の上に粗末なマントを羽織ったアザミは、虚ろな目で、その背中を見つめた。
夫人が人々にアザミがいかに醜悪な罪人かを語り聞かせる中、レーム学園のノレッジ校長が魔法の花―メモワールに記憶された映像を魔法で映し出す。
メモワールは聖地ミコランダにのみ生息する。魔力を込めるとその場の記憶を映像として記録するとても貴重な花。その花に、衝撃な場面が記憶されていたのだ。
メモワールの記憶に釘付けになる人々。彼らの目線の先に、神々しい光が現れる。アザミが身を焼かれる痛みを受けた時の映像だった。
アザミは苦しみのあまり、当時は直視出来なかったが、神々しい光が落ち着くと、燃えるように赤く、巨大な火の鳥が、のた打ち回り気絶したアザミを睨みつけていた。
火の鳥―本物の不死鳥が、自身の眷属である心優しきロウバードを、呪いにまで貶めた人間を裁きに舞い降りた瞬間である。
「これが精霊……」
「なんて美しいの!?」
「凄い、本当に実在したんだ!」
殆どの人は精霊を見た事が無い。そんな彼らにとって、目の前の不死鳥は精霊の存在の証明と同じ意味を持った。集められてからも「精霊の怒り」とか「精霊に裁かれた罪人」に半信半疑だった人々は、この偽造しようも無い神秘的な映像を見て、信じる他無くなった。
さらに―
「皆様。こちらをご覧ください」
伯爵夫人がそう言うと、見張りの騎士がアザミのマントを手にかける。アザミは必死に抵抗するも成す術なく、マントは剥ぎ取られた。
―止めてよ!!ここまでしなくったって良いじゃない!!!もう十分じゃないのよ!!
そう叫びたかったが、前回の集まりの時に口汚く平民を罵った事で口を布で覆われ、唸り声しか出せない。アザミは助けを求めるように夫人―母親の方を見たが、彼女は地下牢で見た時と同じ、汚物を見るような目つきでアザミを一瞥しただけだった。
不死鳥に付けられた全身の悍ましい痣が晒され、目の当たりにした人々は悲鳴を上げて騒然とする。
「いやぁ!気持ち悪い!!」
「精霊って怖えな。あれじゃあ、外も歩けないだろう」
「殺さないなら一生出てくんな!あんな化け物、二度と見たくないね!」
大人達が嫌悪、怒りを隠さない中、アザミが何とか身体を隠そうとしゃがみ込もうとするのを、騎士に無理矢理立たされる。
そんな中、子ども達が道端の石をアザミに投げつけて、
「えほんのロウバードはかわいくて、やさしかった!」
「ロウバードごろし!!あんなくらいじゃ、ぜったいにゆるせない!!」
と、泣きながら叫ぶ。子ども達にとって、見えなくとも精霊ロウバードは身近な存在だったのだ。
―クソガキが!高貴な私に何すんのよ!!
ギロリと睨みつけると、子ども達はそれぞれの親の足元にしがみ付く。怯える子ども達に親は怒りの声を上げる。
「大罪人が何、睨んでんのよ!」
「あのデブ全く反省してないじゃないか!!」
「本来なら死刑なんだろう!?あんな奴、殺してしまえ!!」
殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ―
人々がアザミの死を連呼する。その光景にアザミは震えあがり、その場で失禁した。
―止めて、もう、止めて!!
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腹部に強烈な痛みが走り、嘔吐きながら目を覚ます。患部を守るように背中を丸めると、股が濡れていた。
「きったねぇな!小便なんか漏らしやがってよおぉ」
アザミを蹴り飛ばした兵士が怒鳴り声を上げる。船に乗り込んで直ぐに意識を失ったアザミは、いつの間にか夢を見ていたようだった。
ここに至るまでの悪夢を。
「旦那ぁ。床は放って置いてくだせぇ。それよりも監獄の塔が見えてきましたよぉ」
殺伐とした空気の中、船頭がのんびりとした口調で言った。
お読み頂きありがとうございます。
次回も読んで貰えると嬉しいです。
アザミ回は、次で最後の予定です。
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