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93.デルルンド伯爵夫人(2)


「罪人の処遇は、こちらにお任せ頂けませんでしょうか?」


 デルルンド伯爵夫人の提案に、フォルカー公爵は乾いた声で嗤う。


「殊勝なご婦人だと思ったが、やはり自分の娘は可愛いか。大罪を犯したというのに、守りたいらしい」


 公爵の言葉に、夫人は心底心外だというように顔を歪める。が、すぐに元の表情に戻って、


「まさか」


 と、言った。


 たった一言。それだけで、イヴにはすべて伝わった。

 目の前の女性に、義理の娘(アザミ)への愛情なんて欠片も無い事を。


「何故私が、あの娘を愛し、守らねばならないのですか?」


 何も言わない公爵に、夫人は尋ねた。それでも、公爵は何も言えなかった。


―デルルンド伯爵夫妻は、政略結婚……それも夫側親族の圧力に加え、あの王室からの圧力もあり、伯爵家としては、不本意な結婚だったと報告書に書いてあったな……。


 イヴは公爵家の諜報から上がった報告書を思い出す。


 アザミの父は、とある侯爵家の出だが、結婚を機に勘当されている。出来の悪い上に素行不良な男は、両親の手によって格下のデルルンド伯爵家に押し付けられた婿となった。


―優秀であるが故に、目を付けられた夫人が気の毒だ。


 若かりし頃のデルルンド伯爵夫人―当時は令嬢だが。彼女は他国の王家からも縁談を申し込まれるほどの才女でありながら、凛とした美しさを兼ね備えた社交界の華だったそうだ。そんな彼女と他国の王家との縁談が進む中、彼女を惜しんだ王室は自国に留まらせる為だけに、侯爵家に協力した。


 その件からしても、いかにポルム王室が腐敗しているかがわかる。この件は誰の為でも、王室すらも得の無い、ただ夫人が不幸な人生に縛られただけだった。


―その上、不倫でできた義理の娘を、この人はどんな気持ちで家に置いていたのだろう。


 結婚もしていなければ、親でもないイヴには、わからなかった。

 ただ、母親としての情をアザミに対して、一度も抱かなかっただろうことだけは、想像がつく。



「……先程の発言は撤回する」


 公爵が重い声で夫人に言った。


「して処遇とは、具体的にどうするつもりですか?」

「最終的には収監する予定です。それが終わったら、デルルンド伯爵家は、平民に降格するかと思います」


夫人は清々しい顔で、家門の没落を告げる。この人にとって、デルルンド家は大きな枷でしか無かったのだろう。生まれた時からずっと。


「ただ、罪人の収監の前に、知らしめるべきだと思うのです」

「知らしめる……とは?」


 尋ねる公爵に、夫人は上品に、ここに来て初めて微笑んだ。


「忘れ去られた精霊の存在を」



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 ホルムクレン王城地下牢にて―


「おい、面会だ」


 見張りの兵が、鉄越しの外からアザミを呼んだ。

 敬意どころか、蔑みを隠さない兵士の声色に、アザミは憤る。


「兵士如きが、この私になんて口を利くのよ!パパに言って首を刎ねて貰うんだから!!」

「お父様は、もう居りませんよ」


 兵士の後ろから、母親の声がしてアザミはニヤリと嗤う。


「ママ!やっと来てくれたのね。早くここから出してよ!」


 アザミは自身にはめられた手枷を母親に見せつけて、不満をぶつける。

 それから、母の隣に立つ先程の兵士を睨みつけて、


「ねぇ、見てよ、ママ!伯爵令嬢で侯爵家の血をひく私に、その兵士はこんな物を付けて、罵倒したのよ!!平民風情が、この私によ!!許せないわよねぇ。とっととそいつをクビにして殺しちゃってよ!!」


 と、言った。


「貴女、まだ自分が貴族で居られると思っているの?」


 母親―伯爵夫人がアザミに問う。暗い牢獄の中、僅かな灯が夫人の蔑みの目を照らしていた。そのため、アザミは母親の自分を見る目に気が付き、怖気づく。


「な、何よ。早くしないと、パパに言いつけるんだから!!」

「死人に何を頼むの?」


 母の言葉に、アザミは耳を疑った。


「シニン?何を言っているの?いいから、ここから出してよ!」

「本当に頭が悪いのね。あの男そっくりで嫌になるわ」


 ため息をつく母親は、兵士にアザミを出す様に言った。

 言われたとおりに兵士は牢屋の鍵を開け、顎で「出ろ」と言う仕草をする。


 兵士の態度は気に入らないが、ようやく外に出られる事への喜びで、転がるように這い出て、母親に擦り寄る。


「ありがとうママ!怖か―」


 近づいた瞬間、火花が散るような痛みが頬を襲った。

 倒れた時に、出てきた牢の鉄越しに額をぶつけ、更に痛みが重なる。


 母に殴られたのだ。


「ママ……?」


 呆然と母親を見上げるアザミに、夫人は


「触らないで頂戴。汚らわしい」


 と、吐き捨て、汚物を見るような目でアザミを見下ろした。





お読み頂きありがとうございます。

次回も読んで貰えると嬉しいです。


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