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92.デルルンド伯爵夫人(1)

※アザミのざまぁを書くにあたり、暫く他者目線が続きます。お楽しみ頂けますと幸いです。


「この度は何と申し上げたら良いか……大変ご迷惑をおかけしました」


 そう言って頭を下げる女性には、貴族らしい気品があった。質素だが決してみすぼらしくない装いで、ほっそりとしたその女性は、申し訳なさそうな顔をしつつ、毅然としていた。


「顔を上げなさい」


 フォルカー公爵に言われて、女性はゆっくりとその通りにする。

 正面を向いた表情は長年の苦労が刻まれ、きつい印象を受けるが、本来は柔和な顔立ちをしていた名残が、垂れた目尻に残っていた。


―デルルンド……娘とは全く似ていない。


 それが、この場に同席したイヴの、デルルンド伯爵夫人に抱いた感想だった。



 公爵家が所有する屋敷の一つに、イヴの父ことフォルカー公爵、デルルンド伯爵夫人、そして、イヴが集まっていた。


 アザミの件を話し合うためだ。


「ここに居ないという事は、伯爵は捕らえましたか?」


 フォルカー公爵が、デルルンド夫人に厳しい声で問う。女性ならば震えて声も出せなくなるだろう厳しさに、夫人は臆せず、けれども弱弱しく、疲れ切った声で答える。


「はい」

 

 アザミの父、デルルンド伯爵は所有すらも禁じられた「魔力増強剤」を購入し、娘に横流しした重罪人である。この件は、デルルンド家のあるポルム王国にも知らせたのだ。当然、何かしらの動きがあるはずだが、未だ情報は流れて来ていない。


「魔力増強剤の所持、使用は、全ての国共通の大罪です。伯爵の取り調べは進んでいますか?」

「それは……」


 夫人は言い淀む。身内だからといって、取り調べの詳細など把握できるはずが無い。夫人本人が尋問している訳では無いのだから。


「公爵。夫人はこの件に無関係……それどころか気が付いて直ぐに告発し、事の解決に意欲的なのはご存知でしょう」


 イヴが公爵に言う。父公爵は魔法が使えないだけで、統治者としては問題無いとイヴは思っている。その公爵が何故こうも無駄な事を聞くのか、イヴにはわからなかった。


「公子様。お気遣いありがとうございます。けれども、公爵の怒りは最もなのです」


 夫人が後ろに控えている侍従に目配せをする。それを受けて、侍従が恭しく抱えていた小箱を差しだした。侍従から感じる魔力から、彼が魔法の才の持ち主である事、そして、箱に魔法が施されているのをイヴは把握する。


「開けてよろしいですか?」


 夫人の言葉に公爵が黙って頷くと、侍従が慎重に箱を開けた。

 その中身にイヴは、言葉を失う。


 箱の中には男の―デルルンド伯爵の首が収められていた。


 箱に掛けられていた魔法は、中身が腐らないようにする為の防腐魔法だった。


 公爵は何も言わず、呆れた様に首を振る。どうやら、諜報か何かで知っていたらしい。それでも、目にするまでは信じられなかったのだろう。


―すでに処刑が終わっている?この男には洗いざらい吐かせた後も、事が解決するまでは生かす必要がある筈なのに!?


「この男の罪は尽きません。こんな死で片付くような物ではありませんでした。今回の件以外にも、多くの罪を重ねていますから……」


 ですが、と言って夫人は肩をすくめる。決して、夫の死を悲しんでいるのでは無い。


「今まで内政の事など見向きもしなかった現国王は、今回の事で怯えたのか、取り調べも裁判も無しに、処刑を執行したのです」

「と、言うと薬の購入ルートなどは……」

「はい、伯爵からは何も聞き出せず、いや、聞かずに殺したのです。伯爵が生前に書類なども処分したのか、屋敷や領土全てを探しましたが、全く何も見つかりませんでした」


 夫人の説明に、イヴはポルム王国の短絡さに怒りを覚える。


―このままでは、また同じ事が起こる。いや、もう起きているのかもしれない。


 アザミの口から魔力増強剤の存在が出てきた時から、今回のデルルンド伯爵の罪を皮切りに、違法売買の摘発に漕ぎつける手筈だった。むしろ、伯爵なんぞよりも、そちらの方が大事だったのに。それを一国の王が妨害したのだ。


―もしかして、魔力増強剤の件には、ポルム王国が関わっている?


 イヴが今後の事について考えていると、公爵は怒り交じりの深いため息をつく。


「ポルム現国王には、早急に退いてもらう必要があるな……貴女に首を持って来させる時点で、あの王宮は、もはや機能していない」


 夫人はポルム王国からの使者ではない。国が処した罪人の首は、王が正式に命じた使者が持って説明するべきだ。夫人はあくまでも、アザミの保護者としてここに呼ばれたのだから。


「我が国の痴態を晒すようで、大変申し訳ありません」


 そう答える夫人の目に憎しみが宿る。自国の王の無能さや、それを止めることすら出来ない腐りきった王宮に対して。そして、自身の身の上に対しても、夫人は絶望している風にイヴには見えた。



「私が言うのも何だが、本題に入ろう」


 公爵が咳払いをして言う。夫人の指示で、あの不快な箱は下げられた。


「貴女の娘は、この公国内―レーム魔法専門学校にて契約した精霊をなぶり殺した。その上、魔力増強剤を精霊に無理矢理使用した当人である。この時点で重罪を犯した身の上であるにも関わらず、学内で癇癪を起こして呪いをばら撒き、多くの生徒を危険に晒した……」


―改めて聞くと、デルルンド嬢は大罪人だな。よくもこんな短期間で、いくつもの罪に手を染められるものだ。

 

 公爵の説明を聞きながら、イヴは呆れた。


 そして、それだけの事をしておきながら、アザミは全く罪悪感を抱いていないのだから。生きて聖地から出られた事実がその証明だ。この件が無ければ、アザミが未だ生徒としてレーム学園に居たかと思うと、ゾッとする。


「本来ならば公開処刑後、遺体を野晒しにするのが習わしだが……」


 公爵はジロリと、イヴを―魔法士を見つめる。


「我が国の誇る魔法士達が言うには、精霊のご意思により、あの娘には生きて償わせないといけないらしい」


 アザミの全身に刻まれた痣の事だ。公爵もアザミの惨状を見た事で信じてはいるが、生まれてから一度も見た事の無い高貴な存在の裁きを、受け入れ難いそうだ。


―この国を統べる現公爵が、そんな事を思っているなんて、民に知られて困るのは公爵家なのに……。いい加減、割り切ってくれないかな。



「まず、伯爵家の処遇について、お話してよろしいでしょうか?」


 夫人が控えめに言うと、公爵は「うむ」と短く返事をして続きを促す。


「デルルンド伯爵家は、婚外子アザミの勘当。その後の処遇が完了次第、爵位と土地、財産を王宮へ返上致します。詳しい処遇についてですが……」


 話しながら、夫人の表情が緊張で強張る。


「罪人の処遇は、こちらにお任せ頂けませんでしょうか?」




お読み頂きありがとうございます。

次回も読んで貰えると嬉しいです。


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