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91.アザミの処遇~呪いの炎の正体~(2)


「薬を無理矢理飲ませて、抵抗するロウバードを裁縫針で痛めつけたそうだ。その結果、ロウバードは、通常ならば有り得ない程の火力を手に入れた」


 残酷で卑劣なアザミの所業を聞いただけで、カトリーナは憎しみで身体が熱くなった。


―気に入らない。そんな理由が許されるなら、私だって、気に入らないアザミを痛ぶり殺したかったわ。


 誰かが聞いたら震え上がりそうな憎悪を抱くカトリーナだが、全く罪悪感を抱かない。むしろ、さっさとアザミを亡き者にすれば、エステル姉妹が傷つく事も、ロウバードが苦しむ事も無かったのに。そんな後悔ならあった。


「水を掛けても消えなかったのは、あの炎が「呪いの炎」だからさ。ロウバードの恨み、憎しみを原動力に、更に強制的に増やされた魔力が強力な火力と呪いを引き起こした。呪いを浄化しない限り、炎は燃え続ける」


 あの炎は、アザミに傷つけられてボロボロになった、ロウバードの叫びだったのだろう。痛くて苦しくても、鎖に縛られて、歯向かえば更に痛めつけられる。そんな日々に絶望したのだ。本来、温厚で心優しい筈の精霊が、憎しみの炎を吐き出す程に。




「どうしてあの女を、生きて帰したんですか!!?」


とうとう、カトリーナは怒りの声をあげる。


「薬の時点で、あの女は犯罪者でしょう!!!公国で裁いても問題ないはずです。()()()追放で済むなんておかしいわ!!」


 精霊との共存で平和を保つ公国では、精霊への虐待は重罪に当たる。その罪で幾多の罪人が処刑されていったか、多くの書物がそれを語り継いでいた。


それなのに、と尚も言い募ろうとしたカトリーナだが、急に冷静さが押し寄せて来るのを感じた。


―今の私、どうかしてるわ。イヴ先輩を責めるなんて。


イヴは公爵家の人間だが、法で人を裁く権限を持つ訳では無い。責められてもイヴには、どうする事も出来ないのだ。


「僕だって同じ気持ちさ」


傷ついた風では無いが、固い声で言うイヴにカトリーナは申し訳なくなって、頭を下げる。


「ごめんなさい。イヴ先輩が悪い訳じゃないのに」

「気にすることは無い。貴女の怒りは最もだから。ただ、あの女は、そんな軽いもので許された訳じゃ無いよ」


イヴの話によると、アザミは母親の手によってデルルンド家から籍を外され、監獄に送られるそうだ。


その上、アザミは精霊からも裁かれている。


「デルルンドは精霊の怒りに触れた。その証に、全身を醜い痣で埋め尽くされたんだ。魔力が見えない人にも見える程に、強力な「罪人の印」をね。僕も実物を見たのは初めてだったよ」


 イヴはそう説明しながら、メモ紙に罪人の印を書いて見せる。アザミらしき女の身体全体が、気味の悪い模様で埋め尽くされている。


決して上手い絵では無かったが、痣の禍々しさは、その絵からでも伝わる程だ。


「顔にもびっしりと、刻み込まれているんだ。隠して外を歩くことは出来ないし、痣を消す方法も無い。万が一、逃げ出したとしても、二度と元の暮らしには戻れない」


精霊の裁きというのが、いまいちピンと来なかったカトリーナだが、ようやく理解に至る。


―あんな痣を見たら、誰もが気味悪く思うに違いないわ。


 イヴがカトリーナに近づいて、


「ここで殺すのは優しすぎる。そう思わない?」


 と、小声で言った。おそらく、カーテンの向こうに居るアキレア先生に聞かせないためだろう。

 残酷な笑みを浮かべるイヴは、それでも美しかった。


 アザミは一生、自分の罪から逃げる事は出来ない。死を持って逃げる事すらも。全身に刻まれた醜い痣を背負って生きて行く事になる。


それでも、カトリーナはイヴの問いかけに、頷く事は出来なかった。命を弄んだアザミが、生きる事を許されたみたいで、納得がいかない。


「あとね、これは僕の推察なんだけど」


 イヴが小声で続ける。


「デルルンドの母親。伯爵夫人はアザミの事を、心底嫌っているみたいだった。なかなか、複雑な事情があるみたいでね」

「複雑な事情?」


 カトリーナが尋ねるも、それについてイヴは答えずに


「まぁ、僕が言いたいのは、あいつの人生は色んな意味で終わったって事」


 だから、と言ってイヴはカトリーナに顔を近づける。距離が近くて、反射的にカトリーナは仰け反るも、イヴの形の良い手が伸びて来て……デコピンをされた。


ペチンッと、情けない音が鳴る。


「痛っ!」


 カトリーナが額を押さえると、イヴは美しい顔を近づけて囁く。


「あのクソ女の事は死んだと思って、今後を過ごすんだ。さっきから、可愛い顔が台無しだよ」


 それと、


「もう少し、殺意は隠した方が良い。貴女が誰を憎もうと勝手だが、その感情を剥きだしにしたって、誰も得をしないよ。()()()上手くやると良い。その機会が無い事を祈るけどね」


 何もかもを見透かそうとするかのように、イヴは目を細めた。


―きっと、イヴ先輩はわかってるのね。私がアザミを殺そうとした事を。


 見透かされても、カトリーナには全く焦りはなかった。仮に、アザミへの復讐を成し遂げたとして、その後「貴女が死に追いやったんでしょう」と言われても、カトリーナはきっと今と同じ様子で「ええ、そうよ」と微笑んでみせた事だろう。


「イヴ先輩は、人の心が読めるんですか?」


 好奇心でカトリーナが聞くと、イヴは少し呆れた様に「言っただろう。殺意が駄々洩れなんだ。貴女は顔に出やすいから、誰でもわかるよ」と言った。


「それにしても、案外図太いね。僕はこれを言うの、ちょっと勇気が要ったんだけど」


 イヴはさっきの助言で、カトリーナが罪悪感を持たないかを危惧したらしい。

 その様子に、カトリーナは微笑んだ。


「私、先輩が思っている以上に悪い女ですよ。嫌いな女の不幸で、心が満たされるくらいには」

「そっか、満たされたなら安心したよ。デルルンドの処遇が気に入らないって顔を、ずっとしていたから」

「……もう少し、隠す努力をします」

「是非、そうしなさい」


 火事の真相とアザミの事を話し終えて、イヴは椅子から立ち上がる。


「復帰したら、また話そう。しっかり休むんだよ」

「ええ、今日はありがとうございました」


 イヴが医務室を出ると、カトリーナは独り考え込む。

 苦しみ続けた挙句、死んでしまったロウバードの事を思うと、やりきれない気持ちだ。


―そういえば、夢でロウバードは、誰かに抱えられていたような……


 歌うようにロウバードに語り掛ける、あの優しい声。夢の出来事とはいえ、何だか無関係では無い気がする。


―せめて、ロウバードが二度と苦しまない様に、安らかに眠れますように。


 ロウバードに向けられた、あの優しい声だけは、どうか夢ではありませんように。





お読み頂きありがとうございます。

次回も読んで貰えると嬉しいです。


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