9.迎えの馬車~父親視点~
※今回は父親と侍従の場面です。
「馬鹿な娘だ。自分が殺されるとも知らずに」
カトリーナの父、トレント伯爵が嫌な笑みを浮かべる。
「そ、そのう、旦那様。計画についてなんですが」
侍従はご機嫌な伯爵に、指示を受けた時からの疑問を聞いてみる事にした。
「あの男に暗殺を依頼しても、カトリーナお嬢様は返り討ちにするんじゃないですか?現に何人も・・・」
恐ろしくて侍従は、その先を言えなかった。
そんな侍従の様子を、伯爵は愉快そうに見た。
侍従が思った通り、今日の伯爵はとても機嫌が良い。なんせ、やっと厄介者を追い出すことに成功したのだから。
そのため、気分良く侍従の質問に答えた。
「今回はいつもとは違う。あの男は私が依頼した暗殺者だ。今までの様な素人ではない。流石の魔力持ちも、プロには敵うはずがない」
伯爵は笑いが止まらず、ヘラヘラと笑い続けた。
久しぶりに気持ちが明るい。
それもこれも、生意気なカトリーナが一生居なくなるからだ。
―カトリーナ。これまで散々私をこき下ろした結果が、この様だ。
―お前は、とても行きたがっていたレーム学園を一目見る事もなく死ぬ。私達を、大人を舐めた罰だ。
―最初はレーム学園に追い出して自然に居なくなるのを待てば良いと思っていたが、気が変わった。
―今ここで始末しなければ、あいつはいつか、私達に復讐しに戻って来るだろう。
「それに男には、山奥に馬車を止めて殺すように命じている。万が一、カトリーナが生き残ったとしても、人ひとり居ない山奥から生きて戻ることは出来ないからな―水や氷が出せたとて、もって三日の命だ」
説明を終えた伯爵の言葉に、侍従は安堵の息をつく。侍従も以前カトリーナを冷遇していた者の一人。
カトリーナがいつ気まぐれを起こして
「あぁそういえば。そこの貴方。私にゴミを入った食事を配膳して、残したら文句を言ったわよね」
とか言って、あの恐ろしい水魔法を差し向けてくるんじゃないかと、日々怯えていたのだ。
侍従だけでなく、執事長に侍女長、その他殆どの使用人がカトリーナからの仕返しに怯えた。
そのせいで頭髪は薄くなり、眠れない日々のせいで目の下のクマが隠せない程に出来てしまった。
ある意味カトリーナの呪いかもしれないと、侍従は薄くなった自分の頭を撫でながら考えた。
「今晩は祝杯を挙げよう。良い酒を準備するよう料理長に伝えてくれ」
伯爵の言葉に侍従は「畏まりました」と答えて部屋を出た。その足取りはここ最近で一番軽いものだった。
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トレンス伯爵家が喜びに包まれたのも、束の間―
翌朝、町の治安を守る衛兵から、カトリーナが乗ったはずの馬車が届けられた。
「匿名で通報があったのです。トレンス伯爵家の馬車が山奥で置き去りにされていると。何かあってはいけないと思い、急いでこちらを訪ねた次第ですが、全員ご無事ですか?」
真面目に尋ねる衛兵に、冷や汗をかきながら伯爵はしどろもどろ説明する。
「いや、心当たりもないですね。そもそも、あの馬車は伯爵家の物ではないですし。妻も娘も皆ここに居ります」
伯爵の言葉に、特に何の疑いも抱かなかった衛兵は
「そうですか。誰かのいたずらだったのかもしれないですね。申し訳ありません。朝早くにお訪ねして」
と言って頭を下げる。
「いいえ、滅相もない。ご心配下さり感謝します」
伯爵は早く衛兵に帰ってもらいたいと同時に、どうしても確認したいことがあった。
「あのぅ、馬車には誰もいなかったのですか?」
「誰か、とは?」
「いえ、山奥に置き去りにされていたとのことでしたので、もしかしたら私達ではない誰かがいるのかも、と思いまして」
「あぁ、現在、他の者が捜索しているので何とも言えませんが―我々が到着した時には、誰もいませんでしたよ」
「そうですか、何事も無いといいですね」
そう話しながら伯爵は内心、緊張していた。
カトリーナが見つからなかったのは良かったが、暗殺は成功したのかそれとも・・・
「そういえば、馬車の中にこんなものを見つけたのです。事件性はないと思うのですが、意味が分からなくて・・・念のために持ってきました」
衛兵が見せたのは一枚のメモ紙だった。
伯爵は嫌な予感がしつつもメモ紙を受けとり、その予感が的中したことを知る。
―カトリーナ!!!
伯爵は怒りでメモ紙を握りつぶしてしまうのを、衛兵の手前なんとか堪える。
メモ紙にはたった一言。
「残念でした。御機嫌よう」そう書かれていた。
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